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2005/04/22

CDの罪悪

生活からメリハリがなくなったのはいつだったか。

1980年代。CDがレコードに取って代わっていった。

私は中学2年生の時の友人との会話を未だに覚えている。

「おい、知っとうか?」

「また、誰かがテレビで入浴シーンやるんか?」

oioi「あほぅ、ちゃうわ。ソニーや」

「ソニー? あ、CDプレーヤーか」

「そうや99,800円やで」

「とうとう10万円切ったなぁ。さすがソニーやな」

「そのうちレンタルレコードがレンタルCDになるんちゃうか」

「あほぅ、そんなん21世紀になってからやで」

この会話のCDプレーヤーは単体である。コンポ全体ではなく、単体で10万円以上していたのだ。

それが、この会話の後、みるみるうちに価格が下がり、同じ年の内に、CDラジカセなどは3万円代で入手できるようになった。

最初は物珍しくて、CDが欲しくて欲しくて仕方がなかったが、珍しさがなくなると違和感を感じるようになった。

そうだ、CDにはストーリー性がない!

LPには構成があった。

衝撃的なオープニングチューンに続いて、テクニカルな演奏、バラードが入って、余韻の残るリフを持つ曲で終わる

というような。しかも、それがA面とB面の 二回 楽しめたのだ。

だから、一曲一曲の性格がはっきりしていた。一曲に重みがあった。

CDにも構成があるかもしれないが、10曲以上も続いてはダラダラしている感しか受けない。

だから、もはや音楽は曲では売れない。アルバムとしてしか売れない。

一曲の価値が低いので、「まとめてお買い得」でしか客を引き寄せられないのだ。

 

音楽が 聴く対象 から 何となく流すもの に変質してしまった。

CDをじっとただ聴く なんてことは不可能だ。

LPの時はできたけど。

CDの登場で、私の人生から一つメリハリが消えた。

そう、音楽を聴く時 と 聴いていない時 の境い目がなくなったのだ。

もう、それから20年が過ぎたが、このことに今ようやく気づいた。

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コメント

編集後記) ちょっと一言 蛇足を。

大阪の方は読んですぐに気づかれることと思いますが、記事本文の会話部分は大阪弁ではありません。似て非なるものです。

一番最初の発言は、大阪弁なら「おい、知ってるか?」となるでしょう。ところが、わが神戸では「知っとうか」となるのです。

神戸っ子はあまり自覚していませんが、大阪のにーやん、ねーやん達は敏感です。僕が大阪で勤め始めた頃、すぐに「あんた神戸?」と言われました。

神戸弁には トウ音便 があるのです。受験生は覚えましょう。では練習です。

 大阪弁          → 神戸弁

 何してんねん      → 何しとうねん

 何言ってんねん     → 何言うとうねん

次は発展編で、ト促音便 です。

 どこ行ってたんや    → どこ行っとってん

最近、神戸の子供たちに大阪弁がかなり浸透しています。

女の子の一人称に「ウチ」が普及しているのです。

僕が子供の頃には、それは「じゃりン子チエ」か「かしまし娘」が使う、どこか遠い国の言葉に思えました。

なお、発言のはじめにすぐ「あほぅ」と言うのは大阪弁と共通です。

箱根より東、坂東の方々は、この現象になかなかなじめないようですが、これは便利な言葉です。

関西圏で広く通用しますので、ぜひマスターしましょう。

「あほぅ」と「あ」をあまり強く読まず、後ろの「ほ」を長めに行って軽く「ぅ」を添える感じのときは、親しみのこもった言い方です。

それに対し、「あほっ」と「あ」が極めて強く、後ろの「ほ」の後にその勢いで「っ」がついてしまうような場合は、怒りの表現です。

投稿: 朝霧 圭太 | 2005/04/22 10:02

朝霧様
似顔絵くらぶ・2 のなかむらです。トラックバックありがとうございます。文章読ませていただきますね。
今後もよろしくお願いします。

投稿: なかむら | 2005/04/22 11:43

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