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2005年4月

2005/04/30

ゴルゴ13の握手

1)ゴルゴ13が握手したことがあるのを知っていますか。

1)知らない人shakehands
あるんですよ。確か第5巻。今確かめようとしましたが、嫁さんがどこかにしまったようで探し出せない。深夜のことで、これ以上の発掘作業は不可。だけど、ゴルゴが握手したことがあるのは本当。
ちなみに、僕は家のことをほとんど知らない。コーヒーがどこにあるのかを学習したのは、つい先月のことです。今では立派に自分でコーヒーを入れられるようになったとさ。

1)知っている人
2)へ進んじゃって下さい。

2)ゴルゴ13は136巻まで持っている

2)持っていない人
おめでとうございます。あなたは正常な感覚をお持ちです。

2)持っている人
良かった。僕だけじゃなかったんだ。握手して欲しいけど、やっぱり握手は気がひけますか?
それはそうと、全巻そろえても読めない話があることを知っていますか?
ビッグコミックには載ったのに、単行本に掲載されない話が存在します。
実名の多い海外の話に比べ、日本の話は実名を避けていることから推して、ビッグコミック掲載後どこかから圧力がかかったのでしょう。
僕はビッグコミックも読んでいるのですが、何せ36年、どの話が単行本に掲載されていないかは思い出せません。情報があれば知らせて下さい。

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2005/04/29

アトピーが治るまで(5)

~この記事は アトピーが治るまで(4) の続きです。~
シリーズの最初から読むには、サイドバー の「カテゴリー」内にある「!serial アトピーが治るまで」を選んでください。

前回の、いい加減というか正直というか、まあとにかく飾ることのない皮膚科医のもとへ1週間後に再び行った。tendon

「おっ、きれいなってるやんか。な、やっぱりステロイドやろ」

「そうですね。痒みのない爽快さを久々に味わってます。ところで、先生、検査の結果出てますか」ebitiri1

「ああ、届きたてのホヤホヤや」

「どうですか」

「おぉ、・・・・・・。これほど見事な結果は、わしもあんまり見たことないな」

「どういうことですか」

「抗原抗体反応って知ってるか」soba

「まぁ、一応は」

「その抗体の数を調べたんや。数が多けりゃ反応しやすい、つまり、アレルギーが起こりやすいというこっちゃな」    

「そうですね」

「これ見てみ。ダニ、ハウスダストはともかく、イネ、ソバ、ダイズ、卵、牛肉、サバ、・・・。みなあかんわ。これなんか標準値の1000倍も抗体あるで」fukusa2

「食べ物には気をつけぇて言われたことあります」

「それどころやないで。
もう、食べるもんあれへんがな

「えっ、どうしたらええんですか」t-chikin2

「まぁ、わしがあんたやったら、気にせぇへんな」

「それでええんですか」

「一つや二つやったら気ぃつけようもあるやろけど、軒並みあかんからな。こんなもん気ぃつけよう思たら、アトピー以外にノイローゼも治療せなあかんようなるで」

「まぁ、そうですが・・・」

「あんた、酒飲むやろ」

「えぇ、好きです」

「酒やめ、言われたらやめられるか」

「いや、それはちょっと・・・」

「そや、それでええねん。酒でも楽しみながら、ステロイド塗って、気長にやるこっちゃ」

「分かりました。ありがとうございます」

徹底的に楽天的な皮膚科医のことばで、気楽になったような気もするが、要するに治る見込みがないことだと思うと気が重くもなった。

酒でも飲んで、もやもやを忘れよう。結局そのときの決断はそれだった。

続く

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2005/04/28

へぇ、そうなん?

流行にあまり興味がない。
正確には、流行が終わるまで興味がわかない。
わざとそうしているわけではないのだが、なぜかたいていそうなる。

「ノルウェーの森」を読んだのは確か去年か一昨年で、発売後16、17年経っていた。

この本がベストセラーになったのは阪神が日本一になった2年後、つまり、ボブ=ホーナーが「太平洋を越えるとベースボールとは違う何か別のスポーツがあった」と言い、プラトーンが封切られ、「この味がいいね」と誰かが万智ちゃんにささやいたために記念日が一日増えた年だ。が静かに雰囲気を出してウォークマンを聞いている一方で、数人のホモ=サピエンスがローラースケートを履いて歌っていたし、スーパードライのCMはまだワンパターンと批判されていなかった。なぜなら、まだ一つ目のパターンだったからだ。それに「匂わないのが新しい」防虫剤が、実際に新しかった。

先日も家でふと、動物占い の本を見つけた。
家族の誰かが以前に買ったものだろう。我が家では私以外は皆ミーハーなのだ。
「そう言えば、こんなのが流行っていたこともあったなぁ」と思い、ページを繰った。tiger

私は誕生日からすると、トラ だそうだ。
トラのページを探す。何だかすこしわくわくする。

曰く

ライオンの部下とうまくいく
へぇ、そうなん?

親分肌
ふぅん、まぁ、そんなもんかねぇ (あまり悪い気はしない)

丁寧な対応をする相手には優しく、頼まれると断れない
おっ、当たっとぅやん

ぞんざいな口のきき方をする相手は許せない
えっ、何で知っとぅねん?!

思ったことをズバズバ言う
す、すみません。5回に1回は言った後で後悔、反省してるんですが・・・

なぜか靴をたくさん持っている
わっ、家の下駄箱、こいつにのぞかれた。嫁さんに言うとかなあかん。

恐るべし動物占い。前の流行に乗れなかった皆さん。

一緒にこれから、動物占いを密かに信奉しましょう。

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2005/04/27

JR惨事遠因

JR西日本がなぜ、あのような大事故を起こしたのか。
直接の原因は調査を待たねば分かるまいが、その遠因なら思い当たる節がある。

ekimeiold2大規模な人員整理、
言い換えれば国労(国鉄労働組合)をつぶしたことだ。

中曽根が首相だった時(1982-87)、国鉄の分割民営化に力を注いだのは、そもそも国労をつぶしたかったからだ。

それほど、国労は強かったらしい。
私にも、小学生か中学生の頃までは、しばしば鉄道のストがあった記憶がある。

鉄道のストは大迷惑だ。しかし、大事故よりはマシだ。

国鉄分割民営化の後、キオスクやJR経営のコンビニで働く中年男性が増えた。とても客相手に向かないと思われる人が多かった。私自身も不愉快な思いをしたことが一度ならずあった。
しかし、彼らのみを責めるのは酷である。なぜなら、彼らはJRに残ることを許されなかった男たちだからだ。

asakaze 彼らの多くは高い技術を持つ国鉄マンだったらしい。運転士も立派な技術職だ。
非常に重い貨物列車を規定通りの場所に停車させるのは、神業が要求されるそうだ。旅客用電車でも、私鉄よりも長い車両に大勢の客が乗るJRは、より高い技術が必要だろう。
そういう職場から、技術者たちが大量に追われた。

JRが運転士を売店に回すのは、ホンダがF1のエンジン開発者を営業に回すようなものだ。

私自身は、労働組合に参加したことがないし、共産党は自民党と同じぐらい嫌いである。それに、従業員が経営者と対立せず、愛社精神を持って働いていたことが、日本を経済大国に押し上げた要因であるとも思っている。要は、労働運動は日本にはなじまないと思う。

しかし、技術を持つ誇り高き男たちを追い出した国、国鉄、JRのやり方は納得できない。

彼らが追放された後、JRで「運転技術を磨いても、辞めさせられたら技術を活かしようがない。それより、上司のダイヤ遵守命令を聞く方がいい」という風潮が生まれていたのではないだろうか。

実際、関西には阪急・近鉄・京阪・南海・阪神・山陽など多くの鉄道があるが、大幅なダイヤの乱れや事故が起こるのは、たいていJR西日本である。

いや、一つ忘れていた。大阪市営地下鉄・ニュートラムだ。「公僕」という語を完全に死語にした大阪市の体質とJRの体質に共通するところがあるのではないだろうか。

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2005/04/26

つぶせ! 名球会

古田捕手が 2000本安打 を達成した。

この国には、彼を悪く言う人はほとんどいない。
テレビも、新聞も、ゲームでさえ彼の評価はすこぶるいい。
多数派に与するのが嫌いな私でさえ、この件に関しては多数派である。

捕手でありながら、更に、大学から社会人を経て球界入りしたにもかかわらず、偉業を達成したことに、拍手を送りたい。

但し、本記事の目的は、彼への注文である。

sumo

名球会に入らないでくれ!

名球会を無視してくれ!

名球会をつぶしてくれ!

スワローズと言えば若松監督も名球会入りしているが、松岡弘投手を覚えている人は何人いるのだろう?

松岡 弘

1968年から1985年までスワローズ一筋(最初はチーム名がアトムズだったが)。

通産 191勝 190敗 41セーブ 2008奪三振

最優秀防御率(1980)、沢村賞1回(1978)

1978年日本シリーズ  4登板で2勝2セーブ 内完封1

名選手ではないか! 特に日本シリーズでの成績。彼をエースと言わず誰をエースと言うのかという成績だ。

彼のキャリアの前半のスワローズの弱さを考えると、凄みが倍増する。

たとえば、1971年には 防御率2.52 ながら 15敗 もしている。
1973年はもっと極端で、防御率2.23 で 18敗

強いチームにおれば、防御率からして、上の2年だけでも15勝ぐらいは上乗せできただろう。

しかし、彼は名球会には入れない。200勝に届かないという理由で。
名球会以後、200勝というのが名投手の基準になってしまったが、

これは絶対におかしい

なぜなら、

  • リリーフエースから名投手という称号の権利を剥奪している
  • ペナントレースにおいては、1位と2位の持つ意味は天と地ほど違うが、通算199勝と200勝の間に差はない。(70勝でパリーグ優勝したチームと、69勝でセリーグ優勝したチームに差がないのと同じだ)
  • スポーツを支えるのは、数字で喜ぶファンではなく、プレーに感動するファンだ(数字で喜ぶファンは新聞とテレビ局を支えているが)。とすれば、名選手の条件は感動に値するプレーを行うことが、数字よりも優先する。

もう論証しなくても、打者の2000本だっておかしいことが分かるだろう。

去年、オーナー達に敢然と挑戦した古田捕手へ、

今度は名球会に立ち向かってくれ。


最後に、ファンの皆さんも、おかしいと思いませんか?

オリオンズファンだった皆さん、レロン・リーは凡選手でしたか?

タイガースファンの皆さん、バース、掛布、真弓を埋もれさせてもいいのですか?

カープファンの皆さん、長谷川がチーム解散の危機を救ったのではなかったでしょうか?

バファローズファンだった皆さん、大石の大ちゃんの166cmが何度大きくみえましたか?

ブレーブスファンだった皆さん、足立が奪ったONからの三振、忘れられますか? 山田にシンカーを教えたのも彼だったのでは?

ホエールズファンだった皆さん、山下の守備は芸術でしたよね?

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2005/04/25

アトピーが治るまで(4)

~この記事は アトピーが治るまで(3) の続きです。~kyotouniversity
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京大出と聞いて、すまして嫌味な医者を想像していたのだが、予想は裏切られた。その皮膚科医は、専務と 同じ側 にいる人だったのだ。

「自分はアトピーいつからや」

「はい、高校の頃からです」

「まあ、わしには治せんやろけど、ひょっとすると治るかもしらんから、検査でもしとこか。けど、あんまり期待しなや」

「まぁ、今までどの医者も治せませんでしたから」

「あんた新人はんか? 社会人なったら社交辞令いうのを覚えなあかんで。当の医者の前で医者を信用せんみたいなこと言うてどないすんねん」

「すんません」

「まあ、あやまることはないわ。わしはホンマに治せるとは思てへんから。それはそうと、薬塗ってへんやろ」

「はい、ステロイドはようないて聞きましたから」

「もうそこまでなったら、塗らなしゃーないで。きれいになんねんから塗らな損やで。ステロイドはあかん言いながら、代わりのええ治療法見つけられんような奴らの言う事は放っとき。だいたいな、ステロイドやのうても、患部だけに効く薬なんかあらへんで。もこれからも絶対でけへんわ」

「そんなもんですか」

「そやそや。だいたい、西洋医学の薬いうもんは、患部を治しながら、めだたんように他の部分を殺しとんや」

「ほんなら、漢方の方がええんですか」

「あほぅ、まだ分かってないな。西洋医学の医者の前で、何言うとんや」

「あっ、すいません。つい」

「まあ、ええ。わしもホンマは東洋医学やりたかったんや。行く大学間違えたから、もうしゃぁないけどな。そやけどな、西洋医学の薬の方が、何と言っても早う効くで。中国人はゆったりしとうけど、アメリカ人はちょこまかしとるやろ。あの違いやな」

「ほんなら、一応ステロイドお願いします」

「一応も二応も、わしに出せるのはステロイドしかないわな。1週間ほどしたら、検査の結果出るから、またその時おいで」

この時、処方してもらったステロイドは、久しぶりに塗ったからか、劇的に効いた。3日後には痒みが全くなくなった。

痒みのない爽快な気分でいる私には、衝撃の検査結果が送られてくることなど予想だにしなかった。

続く

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2005/04/24

アトピーが治るまで(3)

~この記事は アトピーが治るまで(2) の続きです。~
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関西弁(神戸弁)になじめない方は、この記事のコメントをご覧下さい。
標準語っぽいバージョンがあります。

入社後、非常に個性的な専務と出会った。司馬遼太郎や陳舜臣と同じ大学の出身なのだが、とてもそうは見えない方である。

その専務が私の顔を見るなり言った。

256robo 「おまえ ひどい顔しとうな。ただでさえ、 ねずみ男 みたいな顔やのに、なん やその肌。人間の肌やないな」

「はぁ、アトピーがありまして」

「医者行っとんか?」

「前は行ってましたが、どの医者に行っても、治らんのでもう通うのをやめました。医者も治らんやろうと言うてました」

「お前、アホな医者に行っとったやろ。わし京大出のええ皮膚科医知っとるから連れてったるわ」

「ありがとうございます」

「はよ、用意せんかい。行くぞ」

「えっ、今からですか? まだ仕事があるんですが」

「あほぅ、わしに口答えするのは、250万年早いわ」

「はい、分かりました」

新人であった私は、言われるがまま その京大先生のところについて行った。

続く

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2005/04/23

アトピーが治るまで(2)

~この記事は、アトピーが治るまで(1) の続きです。~
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アトピーが出た箇所

elephant顔、首、背中、手首、ひじ、腰、脚の付け根、ひざ

手首はひどい状態だった。
よく「ゾウの肌みたいやな」と言われた。

顔はもっとひどかった。(顔の造作ではなく、顔の肌)

髪の毛を触るとふけが出ることがあるが、あんな感じでちょっと額に手を触れると皮膚がぽろぽろとこぼれ落ちた。

そのため、メガネを一日に数回洗わねばならないほどであった。

私は男であるし、あまり気にもかけていなかったが、入社試験の面接で相手に言われた。

「入社までに、顔を治療しときや」

「アトピーは他人にはうつりませんが・・・」

「そういう問題やない。これから、君はプロとしてやっていくんや。プロなら客に不快感を与えたらあかん」

「はあ。確かに」

これは、大学4回生の時であるが、それまでにいくら医者に行っても治らなかったので、この時には治療をしていなかった。

しかし、上の会社に入ることになり、再び治療を始めた。

続く

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2005/04/22

CDの罪悪

生活からメリハリがなくなったのはいつだったか。

1980年代。CDがレコードに取って代わっていった。

私は中学2年生の時の友人との会話を未だに覚えている。

「おい、知っとうか?」

「また、誰かがテレビで入浴シーンやるんか?」

oioi「あほぅ、ちゃうわ。ソニーや」

「ソニー? あ、CDプレーヤーか」

「そうや99,800円やで」

「とうとう10万円切ったなぁ。さすがソニーやな」

「そのうちレンタルレコードがレンタルCDになるんちゃうか」

「あほぅ、そんなん21世紀になってからやで」

この会話のCDプレーヤーは単体である。コンポ全体ではなく、単体で10万円以上していたのだ。

それが、この会話の後、みるみるうちに価格が下がり、同じ年の内に、CDラジカセなどは3万円代で入手できるようになった。

最初は物珍しくて、CDが欲しくて欲しくて仕方がなかったが、珍しさがなくなると違和感を感じるようになった。

そうだ、CDにはストーリー性がない!

LPには構成があった。

衝撃的なオープニングチューンに続いて、テクニカルな演奏、バラードが入って、余韻の残るリフを持つ曲で終わる

というような。しかも、それがA面とB面の 二回 楽しめたのだ。

だから、一曲一曲の性格がはっきりしていた。一曲に重みがあった。

CDにも構成があるかもしれないが、10曲以上も続いてはダラダラしている感しか受けない。

だから、もはや音楽は曲では売れない。アルバムとしてしか売れない。

一曲の価値が低いので、「まとめてお買い得」でしか客を引き寄せられないのだ。

 

音楽が 聴く対象 から 何となく流すもの に変質してしまった。

CDをじっとただ聴く なんてことは不可能だ。

LPの時はできたけど。

CDの登場で、私の人生から一つメリハリが消えた。

そう、音楽を聴く時 と 聴いていない時 の境い目がなくなったのだ。

もう、それから20年が過ぎたが、このことに今ようやく気づいた。

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2005/04/21

子供は育てるのか?(2)

~この記事は、子供は育てるのか?(1) の続きです。~
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考えてみれば、育つ というのは、非西欧的な発想である。

西欧では、断然 育てる であろう。

西欧では子供に人格が認められていない。
教育を受けて、つまり 育てられる ことによってようやく人間となる そう考えられているようだ。
よって、生物学的には ヒト ではあっても、社会的にはちゃんとした 人間 になっていない子供がレストランに行くなど言語道断とされるのである。

そもそも、西欧人は 元のありのままの姿を軽蔑する。
人間が手を加えたものこそ 美 となる資格を得るのだ。

日本に美しい噴水がない と批判する向きがあるが、これは当然だ。
2s 自然にいかに手を加えたかを 美の基準とする西欧式思考では、ありのままの自然を美しいと考える日本人の感性を捉えきれないからだ。

「人工的な」 という artificial の中に art が含まれているのには
そういう背景があるのだろう。

そういう、手を加えて変えていく という意識が 育てる という言葉には含まれる。

明治以来、学問を西洋からの移植によって築いた日本の教育学も その考えに影響されている。

日本の教育はそれでいいのだろうか?

続く

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2005/04/20

アトピーが治るまで(1)

アトピーにかかったのは高校生の頃。

もともと皮膚は弱かった。素質十分

発症後、何軒も皮膚科に通ったが、行くところ全てで言われた。(もちろん口調はまちまちであったが)

高校生になってからかかった?

変わってるなぁ

普通は治る年代やねんけどなぁ

一生つきあっていかなしゃーないな

そんな「一生もん」のアトピーがどうやって治ったか。数回で簡単に振り返って見ようと思う。  koshien

初めて皮膚科医に行ったのは恐らく阪神が日本一になった頃。

そこで、気をつけることを尋ねると、

 食事はあまりとってはいけません。

 日光に当たってはいけません

自然破壊により 餌が減ってしまった コウモリの気持ちを理解せよ と言われても、

育ち盛りで、引きこもりではない 一高校生には どうしようもなかった。

続く

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2005/04/19

フジテレビの失ったもの

フジテレビとライブドアの和解に関して。

TVwide フジテレビにはがっかり。老舗と違った雰囲気を持つテレビ局だったのに、今回の一連の騒動での対応は全然。

特に、フジテレビ側がよく言っていた 放送の公共性 って何だ? これだとNHKと区別がつかないではないか。

NHKもそうだが、公共性がないから、公共性という言葉を連発してアピールせざるを得ない状況に追い込まれるのだろう。

公共性というからには開かれた性質を持たねばならないのではないか。しかし、フジテレビには視聴者はもちろん株主の意見さえ聴く姿勢が感じられなかった。

視聴者がテレビを選ぶのではなく、

自分たちが視聴者をコントロールする

そういう意識が感じられて仕方がない。

ここ数年テレビをほとんど見ないので、よく知らないが、かつては

楽しくなければテレビじゃない

って言ってなかったか? 確かフジテレビだったはず。それが

ニュースはただおもしろおかしくやればいいのではない

こういうのを 転向 と呼ぶのでは?

今回の騒動でかなりの出費を強いられたというが、フジテレビが失ったのは金だけではないだろう。

○フジテレビが失ったもの

 1473億円

○フジテレビが既に失っているもの

 NHKや日本テレビへの対抗意識

 独自性

 視聴者への配慮

○フジテレビには元からないもの

 公共性

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2005/04/18

子供は育てるのか? (1)

教育ということを考えている。なかなかまとまらないし、その割りに思いつくことは多いので、複数回に分けて書こうと思っている。

教育とは

教え、育てるsprout

ことなのか。 それとも

 教わり、育つ

ことなのか。

もちろん、本来の意味は「教え育てる」であろう。各種辞典にもそうあった。

生まれたての赤ん坊は、生き延びるということさえ自分ではできない。そのできないということを、泣き声で他者に知らせることができるに過ぎない。

自分で生きていけるように、周囲がしてやらねばならない。

しかし、それは「教え育てる」ことなのだろうか。「守る」ことなのではないだろうか。

小学生ともなると、教えなくとも自分で覚えることが結構あるように思える。もちろん現在は以前に比べて、一人で何もできない子供が増えている。それは大人が、生活に役立つ という視点から見るからで、そうでない方面では「学習」している。今のテレビゲームなんて多くの大人は攻略本を見てもできないのに、子供は感覚的にこなしてしまう。

そう考えると、「教育現場」でするべきことは、こどもが持つ 自ら教わり育つ 力を発揮する場を提供することではないだろうか。

教育現場にかぎ括弧をつけたのは、教育現場というと学校しか想定しない社会の雰囲気があるからで、私は家庭がその中心だと考える。子供同士のコミュニティーも重要だ。高学年の子供は、低学年の子供にとって偉大な先生たるべきである。

続く

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2005/04/17

IT業界 新格言

生き馬の目を抜く IT 業界。 ホリエもん と 孫さんを見ていて新しい格言を考えた。hammer

出る杭は打たれる

出すぎた杭は打たれない

ホリエもんも もうちょっとで、出すぎた杭になれそうだが・・・。

私自身は地中深く、白亜紀ぐらいの地層に埋もれている。打ちようがない。

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あれはサヘラントロプスチャデンシスより前だったのだろうか?

はじめ人間ギャートルズ の終わりの歌が忘れられない。

何にもない 何にもない 全く何にもない

生まれた 生まれた 何が生まれた

星が一つ 暗い宇宙に 生まれた 生まれた

星には夜があり そして朝が訪れた

何にもない大地に ただ風が吹いてた 吹いてた

園山俊二の絵が大好きだった。新聞連載のガタピシが特に。

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そちらからどうぞ ~歴史の清算

中国の反日デモがついに2万人規模に達したと報じられた。しかも場所は上海。中国経済発展の象徴的存在。3万5千人もの日本人が暮らしているという。

日本人の経営するラーメン店に行列を作っている上海市民の様子をテレビで見たのはつい最近。今年に入ってからのはず。その姿とデモのあまりのギャップに驚く。

デモを行う若者達が主張しているらしい項目に、「歴史をきっちり清算しろ」というのがあるのを知ってふと思った。

元寇に対する清算を中国はいつ行ったのだろう?
秀吉の朝鮮出兵でご破算になったのだろうか?
中国に対して言うのはお門違いでモンゴルに言うべき事柄なのだろうか?

かの若者達が受けてきた歴史教育の内容とデモの関連を思うにつけ、歴史教育の重要性を認識せずにはおれなくなる。他山の石とすべきであろう。

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三ツ矢の思い出

三ツ矢サイダーが募集していた「三ツ矢の思い出」に次の文を送った。

厳格な父を持つ私は、幼少の頃厳しい教育を受けた。姿勢が悪くても、喧嘩に負けても、汚い字を書いても、とにかく殴られた。癇癪持ちの父は手に届く物を投げつけることもあり、はさみが飛んで来た時に切れて縫った跡はいまだに残っている。食べるものや飲むものも、時間や種類を制限され、遊んでいて喉が渇いてもお茶の時間まで我慢するしかなく、もちろんジュースなどはもってのほかであった。

そんな私にとって祖父母の家に遊びに行くことは、心はずむイベントであった。父方の祖父母宅へちょくちょく行ったのだが、父と祖父はほとんど口をきかないような仲であったので、母親に連れられて行った。父の監視の目から逃れられる嬉しさもあったが、別の楽しみもあった。厳しい父の教育を知ってか、おとなうと必ず祖母が甘い菓juice 子とジュースを出してくれた。濃いカルピスのこともあれば、三ツ矢サイダーのこともあった。その頃の私が炭酸飲料の刺激と爽快を感じられる唯一の機会であった。現在、めったにコンビニに行かない私がたまに寄るとなぜかサイダーやラムネを買ってしまう原因に、この文を書いて自分でもようやく気づいた。

半分以上残っているうちから「おかわりもしいや」と言ってくれた祖母が実の祖母ではなく、祖父の再婚相手であり、そのことが、父と祖父の険悪な仲の原因の一つだと知ったのは祖父も祖母も亡くなった後であった。聞いたときの私の頭はほとんど仕事や生活の現実で埋められており、心を動かされるだけの感受性はもはや残っていなかったが、思い出が甘美な領域に昇華されたような気はする。

応募の結果は・・・

カルピスが三ツ矢サイダーより前に出てくるような文を「三ツ矢の思い出」として評価する審査員はいませんでした。

賞品のために、ずいぶん作文(脚色)がんばったんだけどなぁ。

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人は如何にしてフォークの背にライスを載せるようになったのか?

osara3 メルマガ「雑木話」の発行者 星田直彦さんのHPに「フォークの背中にライスをのせて食べることがマナーだと言い始めた人(日本に伝えた人、広めた人)は誰なのか知りたいです。」という読者からの疑問があり、それに関して星田さんに送った文。

質問の答えにはなりませんが、やや関連する英文を読んだことがあるので、うろ覚えですが、報告します。

その英文のテーマは比較文化論で、アメリカ人の筆者がアメリカとヨーロッパの文化を論じていました。具体例がいくつか挙げられた中に次のような一節がありました。

ヨーロッパの人はライスを食するときに、わざわざフォークの製造者が意図したのとは逆の面を左手で上に向け、ナイフの設計者が考えたのとは異なる作業(ライスをフォークに載せること)を右手で行い、それをこぼさないことを誇るかのように口に運ぶ。これはもはや食事の動作というよりも、サーカスの一場面と呼ぶ方がふさわしいだろう。名人芸だ。

アメリカの知識人らしいユーモラスで皮肉の効いた表現ですが、これからすると、件の食べ方はヨーロッパ風のマナーのようです。ヨーロッパでは米は単なる副食ですから、こんな優雅な食べ方でもいいのかもしれません。アメリカでも米は主食ではありませんが、時は金なり などという格言を尊ぶお国柄ですから、そんなに悠長な食べ方は好まれないのでしょう。

先の英文では、他に肉の食べ方における欧米間の違いにも触れています。ヨーロッパでは、常に左手でフォーク、右手でナイフを持ち、食べる度にナイフで肉を切りそれを左手のフォークで口へ運ぶアメリカでは、最初は同じように持ち、まず切り、次に切り、またまた切る。全て切り終わると、ナイフは置き、フォークを持ち替えて右手で口に運ぶというのです。

だいたいアメリカ人は野暮でヨーロッパ人は洗練されているというステレオタイプがあります(ありました)。明治以来の日本人は、小笠原流を捨てヨーロッパにマナーの範を求めた。ところが、敗戦後は奔流の如きアメリカ文化に圧倒される。その結果、戦前生まれの親を持つ団塊世代まではヨーロッパ風マナーを教えられ、団塊ジュニア世代以降はどっぷりアメリカ型に浸かっているというところではないでしょうか。

私の親は団塊世代の少し上ですが、私が小学生の頃の結婚式か何かでの食事風景を思い出しますと、両親はサーカス式でライスを食べていました。祖父母、おじ・おば達も同様でした。私自身はそれをまねしようとして、「子供は無理せんでいい」と伯父に言われて以来、左手は遊ばせておき、右手でフォークを持ち、製作者の意図通りの面を上にして食べています。

もっともそれもせいぜい中学ぐらいまでで、それ以後はレストランでも箸を持ってきてもらって箸で食べています。もっともそれもせいぜい大学ぐらいまでで、以後は皿に載ったライスは食べず、茶碗の米だけを食べています。もっともそれも30歳ぐらいまでで、それ以後は発酵させていない米にはあまり縁がありません。

星田さんのHP「雑学のすゝめ」はお勧めです。

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