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2005/04/17

人は如何にしてフォークの背にライスを載せるようになったのか?

osara3 メルマガ「雑木話」の発行者 星田直彦さんのHPに「フォークの背中にライスをのせて食べることがマナーだと言い始めた人(日本に伝えた人、広めた人)は誰なのか知りたいです。」という読者からの疑問があり、それに関して星田さんに送った文。

質問の答えにはなりませんが、やや関連する英文を読んだことがあるので、うろ覚えですが、報告します。

その英文のテーマは比較文化論で、アメリカ人の筆者がアメリカとヨーロッパの文化を論じていました。具体例がいくつか挙げられた中に次のような一節がありました。

ヨーロッパの人はライスを食するときに、わざわざフォークの製造者が意図したのとは逆の面を左手で上に向け、ナイフの設計者が考えたのとは異なる作業(ライスをフォークに載せること)を右手で行い、それをこぼさないことを誇るかのように口に運ぶ。これはもはや食事の動作というよりも、サーカスの一場面と呼ぶ方がふさわしいだろう。名人芸だ。

アメリカの知識人らしいユーモラスで皮肉の効いた表現ですが、これからすると、件の食べ方はヨーロッパ風のマナーのようです。ヨーロッパでは米は単なる副食ですから、こんな優雅な食べ方でもいいのかもしれません。アメリカでも米は主食ではありませんが、時は金なり などという格言を尊ぶお国柄ですから、そんなに悠長な食べ方は好まれないのでしょう。

先の英文では、他に肉の食べ方における欧米間の違いにも触れています。ヨーロッパでは、常に左手でフォーク、右手でナイフを持ち、食べる度にナイフで肉を切りそれを左手のフォークで口へ運ぶアメリカでは、最初は同じように持ち、まず切り、次に切り、またまた切る。全て切り終わると、ナイフは置き、フォークを持ち替えて右手で口に運ぶというのです。

だいたいアメリカ人は野暮でヨーロッパ人は洗練されているというステレオタイプがあります(ありました)。明治以来の日本人は、小笠原流を捨てヨーロッパにマナーの範を求めた。ところが、敗戦後は奔流の如きアメリカ文化に圧倒される。その結果、戦前生まれの親を持つ団塊世代まではヨーロッパ風マナーを教えられ、団塊ジュニア世代以降はどっぷりアメリカ型に浸かっているというところではないでしょうか。

私の親は団塊世代の少し上ですが、私が小学生の頃の結婚式か何かでの食事風景を思い出しますと、両親はサーカス式でライスを食べていました。祖父母、おじ・おば達も同様でした。私自身はそれをまねしようとして、「子供は無理せんでいい」と伯父に言われて以来、左手は遊ばせておき、右手でフォークを持ち、製作者の意図通りの面を上にして食べています。

もっともそれもせいぜい中学ぐらいまでで、それ以後はレストランでも箸を持ってきてもらって箸で食べています。もっともそれもせいぜい大学ぐらいまでで、以後は皿に載ったライスは食べず、茶碗の米だけを食べています。もっともそれも30歳ぐらいまでで、それ以後は発酵させていない米にはあまり縁がありません。

星田さんのHP「雑学のすゝめ」はお勧めです。

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コメント

後日譚。
記事にも「うろ覚えですが」と書いたが、星田さんにメールを書いた後、少し気持ち悪くてマナーに関する情報を探した。

http://www2u.biglobe.ne.jp/~PAPILLON/tablemanners.htm
そして上のHPを見ていて、記憶が少しよみがえった。

「アメリカ人の筆者がアメリカとヨーロッパの文化を論じていました」と書いたのは記憶違い。

「イギリスはヨーロッパか?」というのが主題で、イギリスはヨーロッパ大陸の国々とは違う点が多いという内容だった。フォークの背に載せるのも大陸側のヨーロッパでは見られない方法だとあったように思う。ヨーロッパでは、イギリス人を含め、イギリスはヨーロッパに含まれないと意識する人が多いとも。

ナイフとフォークを両方使いながら食事をするヨーロッパ式と、まず全て切って、後はフォークだけを使うアメリカ式の違いは、別の文章にあったものだろう。2つあるいはそれ以上の文の内容が
頭の中で混じってしまっていたようだ。

投稿: 朝霧 圭太 | 2005/04/20 09:35

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