« アトピーが治るまで(1) | トップページ | CDの罪悪 »

2005/04/21

子供は育てるのか?(2)

~この記事は、子供は育てるのか?(1) の続きです。~
シリーズの最初から読むには、サイドバー の「カテゴリー」内にある「!子供は育てるのか?」を選んでください。

考えてみれば、育つ というのは、非西欧的な発想である。

西欧では、断然 育てる であろう。

西欧では子供に人格が認められていない。
教育を受けて、つまり 育てられる ことによってようやく人間となる そう考えられているようだ。
よって、生物学的には ヒト ではあっても、社会的にはちゃんとした 人間 になっていない子供がレストランに行くなど言語道断とされるのである。

そもそも、西欧人は 元のありのままの姿を軽蔑する。
人間が手を加えたものこそ 美 となる資格を得るのだ。

日本に美しい噴水がない と批判する向きがあるが、これは当然だ。
2s 自然にいかに手を加えたかを 美の基準とする西欧式思考では、ありのままの自然を美しいと考える日本人の感性を捉えきれないからだ。

「人工的な」 という artificial の中に art が含まれているのには
そういう背景があるのだろう。

そういう、手を加えて変えていく という意識が 育てる という言葉には含まれる。

明治以来、学問を西洋からの移植によって築いた日本の教育学も その考えに影響されている。

日本の教育はそれでいいのだろうか?

続く

|

« アトピーが治るまで(1) | トップページ | CDの罪悪 »

社会」カテゴリの記事

コメント

育つ、育てられるの世界で考える愚かな大人達が多いから、ますます子どもが萎縮していくのではないかと思う。
最近は、手足のない事を売り物にして、でテレビに出れば、すべて許されるといった若者登場で、日本人の勤勉性さえも色失せた。
大学の授業料を、親に出してもらって卒業したのなら、まともに定職につけばよいものを、周囲からお膳だてしてもらって、
「ああ、なさけなや。」
放送局の仕事が気に入ったのなら、何故放送局を受験しないのか不思議である。
放送局の谷渡りばかりで、視聴率もとれなくなって、遂には、特番しかだしてもらえなくなって、
「ああ、なさけなや。」
出版会社で、フリーのスポーツライターとして働きたいと言うなら、障害者のパラリンピックやスペシャルオリンピックの取材をしないのは、単なるえり好みしている事さえわからない三十路男に、
「ああ、なさけなや。」
その昔、公務員といえば、エリート官僚というイメージがあった人もいた。
しかし、今や東京の副都心では、知名度のある大学さえ卒業していれば、教職資格なくても、区長のひと声で、即採用って、
「ああ、なさけなや。」
横浜では、かつてヤンキーといわれた事があっても、教職資格を有している先生が、住民票持参の上、落ちこぼれた子どもの底上げしようとしているのに、お隣の東京では、メダカの学校と同じで、上からそっとのぞいて、終わりだなんて、
「ああ、なさけなや。」
杉並という所では、生活安全課の中年の警察官が、女性を見れば、唐突に「おかあさーん。」と叫ぶし、白髪の警察官がケータイカメラで、女性の顔写真集めて、にんまりポーズ。
かと思えば「おい、こら、ばか」発言する警察官出現で、警察署の警察協議会のメンバーが、警視庁のヘリ飛ばしての遊覧飛行も記事にならない位、陰湿なセクハラで
「ああ、なさけなや。」
三十路でやっと二十歳と言われるほど、未成熟な大人画像かしたバックグランドに、我が子をペット化した悪妻愚母
のなんと多いことか、
「ああ、なさけなや」
今こそ立ち上がろう。傘寿青年達よ。恍惚の若者を減らせるのは、あなた方の生き様です。

投稿: があこ | 2005/05/01 22:04

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13076/3792513

この記事へのトラックバック一覧です: 子供は育てるのか?(2):

» 安全は自分で守りましょう [横浜よろず研究所]
若年性痴呆症が治ってきました、とんでもない物忘れもなく、1日中寝てばかりにもならず、普通のサルくらいの知能には戻りました。予想通り、諸悪の根源は長期作動型睡眠薬 [続きを読む]

受信: 2005/04/22 18:28

« アトピーが治るまで(1) | トップページ | CDの罪悪 »