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2005年5月

2005/05/31

似顔絵

絵が描けない。
中学生の頃、勉強しない割に成績は良かったのだが(一度こういう自慢をしてやろうと虎視眈々と狙っていた、ついに達成)、美術だけはだめだった。高校では美術を選択しなかった。

家族は、親も兄弟もみんな絵がうまい。妻も子供もうまい。孤立無援。四面楚歌。南出俺岳。

絵が上手な人は、もうそれだけで尊敬してしまう。
そんな私がよく覗くのが、中村さんのブログ 似顔絵くらぶ・2 である。

似顔絵を描く人たちは、いったいどんな風に対象を眺めているのだろう。それをつきとめたいと思って、ちょくちょくおじゃまするのだが、ただ感心するばかり。似顔絵を見るたびに、自分ももっとしっかりと物事をみつめるぞ、とは思うのだが、一時間もしたら、それを忘れ去っている。まぁ、自分のことはあきらめて素直に楽しむことにしようかな。

中村さんは、ブログで似顔絵のプレゼント企画をされています。第1回は締め切りが過ぎてしまいましたが、興味のある方は、今後チェックしてみて下さい。 顔絵くらぶ・2
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2005/05/30

首筋その後

整骨院通いのおかげで、首の痛みはほぼなくなった。今日も行って来たのだが、その際のエピソードを2,3。

若い整復師(整骨師ではなく、柔道整復師と言うようです)との会話。私の場合。

「ここは、どうです?」
「気持ちいいですね」
「痛みもありますよね」
「そうですね、痛いんだけど、もっとしてもらいたいという感じです」

基本的に医者の類を信用しない私は、同じ診てもらうなら、相手の気分が乗って治療してもらう方が自分にとって利益があるという考え方なので、表面上は相手の言うことに反駁しない。反駁する必要のあるような場合は、他のところへ行けばいいだけだからだ。

この整復師も、自分の予想通りの返事を私から得て、更に力を強めてくれたような気がする。快適であった。だいたい、相手が痛がっていると、もっと痛がらせてやりたくなるのが人情なのだ。

しかし、本能のまま生きている風の、おば(あ)さま達は様子が異なる。

「ここ、ちょっと痛いですよね?」
「ううん、先生。もっとやったって」

とか

「ここ押さえると、息がしにくいでしょう?」
「ちょっとな。でも、先生、わたいらもう息ができんようなっても後悔せぇへんから、もっときつうお願い」

などとのたまっている。

昨日ちらっと書いた、整復師の奥さんで助手の女性もなかなか。私の母親もそこにかつて通っていたらしく、そのことが話題に出た際の会話。

「朝霧さんて、お母さん似ですね」
「子供の頃から、ずっとそう言われますね」
「私もね、お父さん似で、先生(夫の整復師のこと)も、お母さん似なんです」
「よくあることじゃないですかね」
「でも、不思議ですよね。お父さんは、ちゃんと男だし、私も一応、女だと皆さんに認めて頂いているし」

私は、絶句しかけ、「それは、まぁ、そういうもんでしょう」と言うのが精一杯だった。
整復師の治療のおかげで、首はよくなったが、精神的に疲れた気がした。
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2005/05/29

借金が理由ではないのですが

首を痛めてしまいました。数ヶ月前から痛かったのですが、とうとうほとんど動かせなくなり、近所の整骨院に通っています。

腕でも、腰でも、とにかくどこかを少しでも動かせば首に痛みが走るので、もう泣きたい気分。整骨院とは、そいういう状態の人ばかりが集まる所かと思っていたのですが・・・。

まず、明るい。整骨士(それとも整骨師?)の奥さんが助手をしているのですが、この人がとにかく楽しい人で、よく手順をしくじったりしているのですが、誰にも非難されない。そういう憎めない人です。

患者さんも元気。BGMをカラオケと勘違いしているおじさんがいるし、何よりおばさんが元気。来る患者、来る患者、みんなが友達のようです。

「あら、久しぶり。最近どう?」
「もう、元気。元気。元気だけがとりえやもん」
「そう。元気やったら、ちゃんと毎日おいでぇな」

??? 整骨院って、元気なら来て、調子が悪いと来ない所 ???

整骨士(?)自体は、分かりやすい説明をしながら治療してくれ、首はずいぶん楽になりました。マッサージしてくれるのですが、それがもう快適。待っている間、静かに本を読める雰囲気なら、僕も元気な限り、通いたいんだけど。
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2005/05/28

Slightly out of Focus

キャパの「ちょっとピンぼけ」を読んでいる。 pinboke

翻訳が古風(確か初版は1950年代)。
ワインは「葡萄酒」、ハンガリーは「ハンガリヤ」となっている。ハンガリーは、なかなか本書で重要な位置を占めるのだが、未読者のために詳説は避ける。

内容は文句なく面白い。戦場で生きた、生きざるをえなかった男たちの息遣いが聞こえる。名手がなぜ「ピンぼけ」なのか。タイトルも魅力的だ。

私は小学生の頃から、ロバート・キャパの名前を知っている。親父がカメラ狂で何度か聞かされたからだ。親父が言いたかったのは、キャパの素晴らしさよりも、ニコンのカメラが優れていたことだったが。つまり、キャパがベトナムに持っていったのはニコンのSであり、どんなカメラよりも戦場というタフな状況に対応できるカメラだということだった。実際、親父はニコン(SではなくFだが)をコンクリートの上に落としたのに、まったくどうもなかったらしい。そのニコンも今やデジカメを売っているが、親父はいまだに銀塩カメラ専門である。確かに、電気系統が多くなればなるほど、困難な状況には弱いので、冬山や灼熱の砂漠などでは今でも銀塩カメラの出番なのだろうが。

残念ながら、本書にはニコンは登場しない。それもそのはずで、これは第二次世界大戦の話なのだ。1950年発売のニコンSをキャパが手にしているはずはないのだ。登場するのはコンタックス。そう言えば、長らくニコンのカメラしか手にしなかった親父が、いつの間にかコンタックスのカメラを所有している。
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2005/05/27

えーっと

昨日、えと についてちょっと書いたので、少し追加を。

えと と言えば、今は「ね、うし、とら、・・・」という十二支が思い浮かぶが、本来は十干の方を指していたものらしい。
甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸 という十干を訓読みすれば、きのえ、きのと、ひのえ、ひのと、つちのえ、つちのと、かのえ、かのと、みずのえ、みずのととなるが、これは、五行の木・火・土・金・水兄(え) と 弟(と)をつけたものである。
例えば 甲 を きのと と呼ぶのは、五行の最初の 木 に 兄を加えて「木の兄」つまり「きのえ」とするからである。
(兄を「え」と言うのは、天智天皇が即位前、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)だったことを思い出すと分かる)
この「え」と「と」から えと となったらしい。

ただし、年や月や日などを表す際には十干の後に十二支を加えた60の組み合わせが用いられる。
例えば、672年に起こった古代史最大の内乱、壬申の乱は、「みずのえさる(壬申)」の年に起こったので、そう呼ばれるのであり、新政府軍が幕府軍を打ち破った戊辰戦争は、「つちのえたつ(戊辰)」の年に起こったためそう呼び習わされ、また、大正13年に西宮にできた球場はそれが、「きのえね(甲子)」の年に当たるため、甲子園と命名されたのである。eto

ついでだから、もう少し。
十二支の方は、右図のように時刻や方角にも使われていた。
時刻の方は、夜の12:00が「ねのこく(子の刻)」、夜中の2:00が「うしのこく(丑の刻)」、という具合で、7番目の「うまのこく(午の刻)」が昼の12:00ということになる。12:00きっかりを「正午」というのは、正に午の刻ということであり、午の刻より前を「午前」、後を「午後」という。
方角の方は北を「ね(子)」とし、右回りに30度ごとに十二支を割り振る。北極と南極を結ぶ経線を「子午線」とも呼ぶのは、北を表す「ね(子)」と南の「うま(午)」を結ぶからであり、「うしとら(艮)」の方角は鬼門だ などというが、うしとらは「丑寅」で丑と寅の方角の間、つまり北東を指す。
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2005/05/26

暑苦しくなる前に #2

昨日に続いて、ちまちま細かいことをもう一つ。

次のような業者とのやりとりがあった。

業:「それじゃ、仕上がりは来月上旬ということでよろしいでしょうか」

私:「来月の10日までですね」

業:「え、そうはっきり決められると困るんですが、」

私:「??? 上旬は無理ということですか」

業:「いえ、15日までには何とか」

再び、???となりかけた私であったが、ときた。
この業者は、初旬を前半と同じ意味だと思っているのだ。shun

「旬」とは、10日間の意味であり、
上旬、初旬・・・その月の1~10日
中旬・・・その月の11~20日
下旬・・・その月の21~末日
なのである。

「旬」の字は、「日」の周りを腕が囲んでいる形からきているもので、日がぐるっと一回りすることから十日間を表す。なぜ、一回りで十日間かと言えば、十干を使って日を数えていたから。

おまけ)
十干・・・甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸
十二支・・・子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥

「えと」は十干と十二支の組み合わせ。最初はそれぞれの一番を合わせ「甲子」、次が二番目同士で「乙丑」、・・・、十一番目は十干は最初に戻り「甲戌」、・・・、最後の六十番目が「癸亥」
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2005/05/25

暑苦しくなる前に

朝晩、爽やかだ。若い頃は、天候のことなど気にしたことがなかったが、最近は一年中、初夏だといいのになんて年寄りくさいことを思う。

日本の夏はあまりにも蒸し暑い。古来、家屋も夏の蒸し暑さをうまく過ごせるよう工夫が施されてきた。だから、あまり理屈っぽいのや、細かいのは、暑苦しくて嫌われてきたのだろう。今の爽やかなうちに、うっとうしいことを一つ。

アメリカ人のパーセント好きの影響を受けてか、日本でも百分率がよく使われる。それは別にいいのだが、使われ方が気になる。

「A市の人口増加率が昨年の2%増から、今年は1%増となり、1%減りました(???)」

これは、間違っている。人口増加率が主語なら、50%減のはずだ。

「売り上げが20%落ちた時、20%取り戻そうとする奴はダメな奴だ。25%戻そうとする奴ができる奴だ(???)」

これも(元の売り上げ以上を目指せという意味で言っているのなら)、間違っている。計算すればすぐ分かる。
元の売り上げを1000万円とすれば、20%減れば、1000万円×0.8=800万円。
そこから25%増えると、800万円×1.25=1000万円 で元に戻るだけだ。
分かりやすくするために元を1000万円としたが、これをaに変えても計算結果は同じだから、元がいくらであろうと間違っていることに変わりはない。

まあ、私も6月の中旬にもなれば、どうでもよく感じるようになるのだが、今のところは気になる。ちなみに「2%増から1%増となり、1ポイント減少しました」などと、やや工夫した表現も聞かれるが、小手先でしのいでいるという感は免れない。
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2005/05/24

左右、みぎひだり

福本が好きだった。盗塁王 福本豊。
フォアボールがツーベース、いや、スリーベースの価値を持つ男だった。
福本は三盗も多かったのだ。

盗塁だけではない。

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2005/05/23

Hello, Goodbye

自分の昔の考え、格好、趣味などを思い出すと恥ずかしくなることがありますよね。

今はすねものを気取っている僕にも、短いながらミーハーの季節がありました。小6~中2の3年間だったと思います。

白状します。その3年のうち、
前半は 伊藤つかさ が好きでした。
後半は 小泉今日子 が好きでした。

酔っててよかった。こんなの素面じゃとても書けない。
ありがとう BLACK NIKKA

話は変わるようで、変わらないのですが、ビートルズに ハロー・グッドバイ という曲があります。

You say yes, I say no.
You say stop and I say go go go, oh no.
You say goodbye and I say hello.
Hello hello.
I don't know why you say goodbye, I say hello.
Hello hello.
I don't know why you say goodbye, I say hello.

要するに自分と相手とのすれ違いを歌っているのでしょうが、非常に単純です。

これは、既に売れに売れていたビートルズが、デビューしたての頃の自分たちを思い出し、自嘲の思いを込めて作った曲だと聞いたことがあります。プロモーションビデオでも、いかにもアイドルという服を着ています。あの、人民服を派手にしたみたいなの。
コード進行が単純なのもそのせいでしょう(単純に思わせて実は複雑なのかもしれませんが、僕の耳ではそこまでは分かりません)。

You は、恋人ではなくデビュー当時の自分たち、I は現在の自分たちというつもりかもしれません。

僕は、この倒錯した感じが高踏趣味に思えて、この曲が好きではないのですが、公文のCFで流れていたらしく、子供でもよく知っているようです。

今度こそ、話が変わります。
昨日の狂歌に続いて、今日は自由律川柳。

I say yes, 郵政 No.

川柳になってませんか。やっぱり。
僕には韻文は難しい。散文しかダメかな。

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2005/05/22

狂歌

川柳に比べて人気がないようだけれど、狂歌というのがありますね。

短歌と俳句の関係は、囲碁と将棋のようなもの。
短歌と囲碁はちょっと高尚な感じ。
俳句と将棋は庶民にも手が届きそうな感じ。
ステテコ姿が似合うのは囲碁より将棋ですね。

だから、俳句の形式をまねた川柳の方が、短歌の形式をまねた狂歌より人気があるのだと思います。

こんなことを書いたのは、5/19に若山牧水の短歌についての記事を書いたから。
その時、次のような狂歌を思いついていました。

楽天は 哀しからずや

米の白 かまぼこのしろにも 染まず戦う

下手な狂歌なので、解説が必要ですね。

楽天ゴールデンイーグルスは、仙台で東北の米どころ、笹かまぼこも名物。
なのに、その白い色に染まることなく、黒星を続けている。

とまあ、それだけです。とんだお耳汚し(おめめ汚し?)でした。

附記)僕はイーグルスに期待しています。
オーナーにはあまり期待していませんが。

あの野球よりアイスホッケーの方が好きだと公言する元オーナーのもとで王国を築いたライオンズだって、クラウンライターから変わった時は全然ダメでした。

スピード時代ですが、5年後に優勝争いをするのを目標に頑張って欲しい。
西武ライオンズ草創期に田渕が活躍しました。山崎では田渕の役はちょっと荷が重そうだから、どっかのチームで今は控えになってしまった選手を取ってきては? ジャイアンツの江藤が狙い目。 この点は楽天のオーナーに期待。

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2005/05/21

警告

2010年よりスナック菓子に

「この製品を食べることによって、あなたの体脂肪率が上昇する恐れがあります。」

「疫学的な推計によると、スナック菓子を摂取する人は摂取しない人に比べ、肥満になる危険性が約1000倍高くなります。小学生はそのことでいじめを受ける可能性がありますので、周りにすすめられても決して食べてはいけません。」

「この製品を週に3日以上食べると、スナック菓子依存症になることを避けるのが困難になります。」

「この製品を食べれば、のどをつまらせて重大な結果を招くことがないとは言えません。」

という内容表示が課されることが決まった・・・

とすればどうだろう。スナック菓子が好きな人が恐らくその時に感じるのと似たような感情を持ちつつ、今、喫煙者たる私は一服している。

ちなみに、私がこの一週間で人前で吸ったタバコは0本。
タバコには孤独が似合うから、ではありませんよ。念のため。

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2005/05/20

医は詐術

阪大医学部が論文のデータを少なくとも10箇所改竄していたことが発表された(→gooニュース)

以前たばこに関する記事(5/4 Smoke on the Water #1)で触れたが、医学論文というのは、多分に怪しいのである。普通の実験をすれば、普通の結果が出て、普通の論文を書くしかない。それは医学研究者にとって意味がない。医学の発展にとってもそうだろうが、何よりも自分にとって。多少の改竄を施しても、目立たなければダメなのだ(今回の事件を起こした医学生がまずかったのは、実験そのものを捏造してしまったらしいことだ。諸先輩に倣いデータ改竄程度にとどめておけば、発覚が防げたかもしれないのにね)。

今回の改竄データが肥満に関することであったのが示唆的である。肥満に関して、先進諸国での関心は高まるばかりである。つまり、今後まだまだ肥満関連で儲けられそうなのである。

古来、医者と坊主には、女好き・政治好き・カネ好きが多いと言われる(日本では、織田信長以来、坊主の方は女とカネに制限されたが)。関西で、京大や阪大の医学部と言えば、入学するだけで天才のように思われている(まあ、入学が理三以外の東大より難しいのは確かだが)。しかし、薬害エイズの ミドリ十字 の薬を一番使っていたのは、確か阪大病院か京大病院だったはず。相当なカネの動きもあったようだ。まあ、京大は七三一部隊の石井軍医中将からミドリ十字設立までの深い関係があり、当然と言えば当然だが。

医学部生だけでなく、医学部教授たちも勘違いしてもらっては困るのは、難しい大学に入ったからといって、すばらしい医学者、医師になれるわけではないということ。恐らく数学なんかよくおできになったことでしょうが、その小手先の技術をデータ改竄に活かすのではなく、論理的思考に使って下さいね。吉兆やヨットで遊んでばかりいないで、マウスともっと仲良くなってちょうだいね。カネと政治力でなく、仕事で勝負してちょうだいね。国費の無駄遣いもちょっと減らしてくれるとうれしいな。

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2005/05/19

若山牧水から不死身の身体

白鳥は 哀しからずや

空の青 海のあをにも 染まずただよふ

若山牧水のこの歌が、好きだ。 漂白の思いやまず、ただあてもなく旅を続ける孤独な私の心が、海のきれいな町で ふと目にしたこの歌に引き寄せられた・・・
からではない。そうだとかっこいいんだけれど。

最初はやはり教科書だろう。その後、何かで見かけるたびに、口ずさんでみる。声に出さない方が良かったと後悔しつつも、この歌が更に好きになる。

困るのは、「白鳥や」。
もちろん しらとりや と読み、恐らく かもめ を指しているのだが、新造人間キャシャーン(オリジナルのアニメの方) の白鳥(はくちょう)を思い出してしまうことがあるのだ。もちろん、そうなると続いて出てくるのは

たったひとつの命を捨てて、生まれ変わった不死身の体。

鉄の悪魔を叩いて砕く。

キャシャーンがやらねば誰がやる!

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2005/05/18

小説に意味がみいだせなかった

私は、徹底的に めんどくさがり である。
できる限り無駄なことをしない、無意識にそう思う性癖がある。

読書にもその合理主義が影響を与えた。
小説を読む意義が理解できなかったのだ。

時間をかけた分、得られるものがなければいけないと思っていたので、
中学・高校時代に一冊の小説も読まなかった。
感動なんて実際の出来事でないとホンモノじゃないし、感動が得られるとしても、その感動が何かに活かせるわけじゃないので無駄である、と考えていた。

中学時代に読んだ最初の本は森村誠一が七三一部隊のことを扱った「悪魔の飽食」であった。その後も、ノン・フィクションや新書や文庫の人文社会系の入門書ばかりを読んだように思う。

そういう私が小説を読むことになるのは、大学生時代。あまりにも楽しそうに小説を読み、語る友人に触発されたのだと思う。「罪と罰」、「怒りの葡萄」など世界の名作と言われているのを何冊か読んだ。面白かったものもあったはずだが、名作より広瀬隆の方が面白かった。

就職後、会社の先輩に薦められて司馬遼太郎の本を読んだ。
これが、私の読書生活を変えた。

大学の専門だったので、歴史は好きだったが、その分かえって歴史小説を軽蔑していた。
読みもしないで。

司馬遼太郎の本は、やめられなかった。特に、「竜馬がゆく」「坂の上の雲」「項羽と劉邦」は読み終えるのが非常に惜しい気がした。

大学の歴史では、事実の客観性といったことばかりに気を向けて、生身の人間の才能とか、気性とか、そういうものは対象とさえ思わなかった。時代精神といったものも。

今では、歴史小説以外にも小説を読む。やはり、読書の中心というわけではないが、毎月一冊は読んでいる。

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2005/05/17

よみがえる感覚

手袋のように指が1本ずつ分かれている靴下がある。
それをはいてみた。

えも言えぬ感触。
なんだか感動。

この不思議な感覚はどこから来るのだろうか。
そうか。足にも10本の指があることを思い出させてくれるのだ。

普段は足の指をほとんど意識しない。
私は「足先」が器用で、床に落ちたものを拾うのに、かがまなくても足の指でとれる。
ボールペンでも、メモ用紙でも。
そんな私でも、足の中指と薬指(って言うのかな? 第三指と第四指?)を意識することは、まずない。

そういう忘れられていた感覚を呼びおこしてくれた、この見た目がはなはだ悪い靴下。
この靴下に特別な名前はあるのだろうか。

そう言えば、背中も普段意識しないなぁ。シャワー浴びる時に感じるぐらいかな。

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2005/05/16

ついでといっちゃぁ、なんですが

つ ね お く~ん。
ボスと同じ名前のつねお君。浮かない顔してることが多いみたいだからさ、今日はちょっと相手してあげるね。

そう言えば、ひげはどうしたのさ。よかったのになぁ。あのひげ。惜しいなぁ。不快感の与え方が、君の人格を表すのにぴったりだったのに。一目瞭然とか百聞は一見にしかずとか、そういう言葉が死語になるのを防いでくれるんじゃないかと、期待していたんだけどなぁ。無念。

理想の上司 第一位にヤクルトの古田君が選ばれたんだって。古田君も見た目と違って、噂の絶えない「わざと当てさせる」配球など、敵に回すと本当に嫌なやつなのにね。つねお君と一緒。味方やファンに頼りにされているところは、君とは全然違うけどね。

つねお君とこのチームって、前は球界の盟主とか何とか鼻持ちならない雰囲気だったけど、最近謙虚だね。つねお君や、かずひろ のインタビュー読んだけど、チームの目標が5割になったの? 旧懐の盟主って感じだね。

つねお君さぁ、この前のオフに色々あったみたいだけど、かずひろ とはちゃんと話してるの? なんかさぁ、君より かずひろ の方が選手に影響力があるみたいだからさぁ、かずひろ をチームに置いておくんなら、ちゃんとコミュニケーションとった方がいいよ。

だけど、つねお君は、他人に気を使うなんてしたことがないんだろう? いいこと教えてあげよう。

トレードするんだよ。来月まではできるんだろう? うっとぉしい かずひろ 追い出して、ついでに年寄り追い出して、若いピッチャー入れるんだ。一石二鳥だろう? まず、はげオーナーに、かずひろ・江藤と交換で、 岩隈をくれって言うんだ。多分、断られるから、それじゃ、清水と ますみ もつけるから、岩隈に小山ぐらいをつけとくれ って言うんだ。これぐらいなら、飲むんじゃない? はげオーナーのとこは得点力不足で困っているらしいから。まだ迷ってたら、斎藤、後藤、元木あたりも加えりゃいいじゃん。

金貸しのとこも狙い目かもよ。山口もらいなよ。彼ぐらいなら、かずひろ・ますみ だけでいけるんじゃない?

鉄道会社もいいよ。森と豊田いただき。そんなの無理だって? 大丈夫。はげオーナーみたいな金持ちを新オーナーとして紹介してやりゃいいんだよ。

チョコ監督とこもピッチャーいっぱいいるよ。今年調子がいいから、なかなかトレードしたがらないだろうけど、裏の手を使うんだ。選手プラス来年の交流戦増。喜ぶぜ、ガム会社。あそこは絶対つねお君とこと仲良くしたいんだよ。だって、お隣の国では、チョーヨンピルが歌ってた港のある町に、つねお君とこと同じ名前のチーム持ってるほどだから。

まとめ
第一案
つねお君とこから
かずひろ・ますみ・清水・江藤(・斎藤・後藤・元木)
はげオーナーとこから
岩隈・小山

第二案
つねお君とこから
かずひろ・ますみ
金貸しのとこから
山口

第三案
つねお君とこから
新オーナー紹介・かずひろ・ますみ・清水・江藤(・斎藤・後藤・元木)
ぽっぽやのとこから
豊田・森

第四案
つねお君とこから
来年の交流戦増・かずひろ・ますみ・清水・江藤(・斎藤・後藤・元木)
チョコ監督のとこから
小林2人とも

じゃ、月曜日のうちにちゃんと考えておくんだよ。

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2005/05/15

前略つねお様

つ ね お ちゃ~ん。裁判やってるんだって?
あまり騒がれていないようだから、ちょっくら お相手して進ぜようかね。

大変だねぇ。つねおちゃんもいろいろあって。
一場君の問題で おぉなぁ 辞めたのは去年だっけ?
何でも、日本全国 旅できるぐらいの たくちぃ 代を渡したんだってね。

その問題でごたごたしていた時、週刊文春に室内での ぐぁうん 姿を撮られたことで、ごねてるんだってね。
週刊誌や しゅぽぉつ 新聞の記者を ぷぁぷぁらっち と呼んだり、ぷらいばちぃ を侵害されたことで文春を訴えたり、私生活にまで入り込まれてきて恐怖を感じたとのたまったりしているそうだね。
でも、つねおちゃんに恐怖を感じる神経通っているの?

つねおちゃんの相手の週刊文春、確かに変なこと言ってるよね。
ぐぁうん 姿撮影時点で、つねおちゃんがまだ おぉなぁ で、諸問題の責任者という公共性の高い立場だったのに記者会見に応じなかったから、ぷらいばちぃ の侵害には当たらないとか何とか。
屁理屈こねるにしても、もうちょっとまともな屁理屈考えりゃいいのにね。

おっと、勘違いしないでね。同情はしてあげないよ。考えてみれば、つねおちゃんには、その屁理屈ぐらいの次元がぴったりだもんね。とぉだい だから偉いというわけじゃない、とぉだい でも知性があるとは限らない、そういうことが世間様に知られるようになったのは、つねおちゃんの功績だよね。ほりえもん くんとの こらぼれぇしょん かな。

素朴な疑問があるんだけど、つねおちゃんの ぐぁうん 姿ってそんなに魅力的なの?
僕は見てあげないよ。飯がまずくなるといけないから。

ところで、いまだに「軍」なんて前近代的な呼ばれ方をすることもある野球 ちぃむ 、ほら、つねおちゃんが おぉなぁ やってたとこ。人気ないね。視聴率が低いんだって。せっかく頑張って はげの おぉなぁ のとこに勝ち越して、12位なんて呼ばれずに済んだのにね。可愛そうに。
でも僕は見てあげないよ。嫌いなんだ。本塁打頼みとか、最後きっちり締められないとかそういう野球。

お金いっぱい使ったのに、「たかが選手」たちがあまり働かないんだってね。費用対効果が最悪だって。可哀想にね。
でも応援してあげないよ。別所や小久保をとられた鷹とか、まぁ江川はどうでもいいけど、清原をとられた獅子とか、江藤をとられた鯉とか、石井や ろぉず をとられた水牛とか、そういうところからの怨念が、僕に許すなってささやくんだ。

裁判勝てるといいのにね。でも裁判官も大変だろうな。普通に考えれば、原告の勝訴だろうけど、原告って言えば、つねおちゃんのことだもんね。理性の強いさすがの 裁判官くん や 裁判官ちゃん たちも、今回ばかりは感情を理性で抑えるのに必死だろうな。

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2005/05/14

たばこカード

たばこカードかぁ、面倒なことになりますね→gooニュース

だけど、未成年にとっては朗報かもしれません。僕が小学生や中学生だった頃は、たばこを吸っているだけで、不良っぽくて格好良く見えたものです。ところが、今や堂々と吸っている中高生が多すぎるし、吸い方も火のつけ方もなってない! 美学が感じられない。たばこも文化だと思うけれど、今の中高生喫煙者は、ただの煙草依存症患者。

たばこカードが導入されれば、未成年の喫煙が難しくなり、吸っている奴のステイタスが相対的に向上するのでは、とひそかに期待しています。

でも、たばこカードを未成年に売るようなケチな商売が発生するかも。

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2005/05/13

頼むからほかしといて

関西で生まれ、しつこく関西で暮らし続ける皆さん、ご存知ですか?

「ほかす」は標準語ではありません。

僕自身、20年ほどこのことを知らず幸せに暮らしていたのですが、大学生のときに、 他地方出身者(男)との会話で思い知らされました。

「ごめん、俺急ぐから、これほかしといてくれへん?」

「うん、いいけど」

「ほな、悪いけど、頼むで。俺 もう行くわ」

タッ タッ タッ (すみません。嘘つきました。本当は ドスッ ドスッ ドスッ)

~ 翌日 ~

「わっ、まだこれ置いてるやん。何で??」

「えっ、だって昨日 おかしといてって言ってたじゃない」

そうです。お腹がすいて、「ねぇ、マック行かない?」 とのたまうたびに、「最近の若者の言葉の乱れはひどいもんじゃ。わしらが若い頃はちゃんと、マクド行こけ と言ったもんじゃったがのう」 などと僕にツッコマれていた彼は、「ほかしておいて」 が理解できず、こともあろうに、「おかしておいて」 と理解してしまっていたのです。

う~ん。異文化交流。

付記)
関西人の皆さん。我慢が肝心です。
足が異常にでかいネズミがうろちょろしている千葉の施設に遊びに行った時、

「ばかじゃない」 とか
「上原ってすごくない」 とか
「えぇー、なにぃ、このソフト。下からこぼれてきちゃった」 とか

周囲で聞こえるたびに、こぶしを強く握りしめるのはやめましょう。まして、にらむようなことは厳禁です。彼らにはあなたをおちょくるつもりは全くないのです。周りは粗忽な坂東の方ばっかりどすぇ。危険です。 せいぜい、

「あほちゃうか」
「こら、井川! そのうっとぉしい髪、何とかせんかぇ。 わしがハゲにしたろか」
「うわっ、このソフトのボケッ、下から どっばー出てきよった」

と由緒ある表現に 翻訳 するにとどめましょう。

そもそも、千葉くんだりまで行くからあかんのや。箱根の坂より向こう 言うたら、ろくなことないで。ひらぱー ぐらいにしときや。ホンマは、甲子園パーク で レオポン 見る方がええけど、もうのぅなってもうたし、しゃーないわ。

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2005/05/12

階級分化とジャズ

ある英文で次のような定義がなされていた。

Jazz is a certain kind of American popular music.

「ジャズはアメリカのポピュラー音楽の一種である」ということだが、どこかしっくり来ない。
アメリカは自由の国と言われているが、明らかに階級差がある。イギリスのような貴族は存在しないが、知識人を輩出する上流・中流階級と、ブルーカラーの労働者階級は文化が違う。

ジャズは白人により奴隷に貶められた、アフリカ系アメリカ人が産み出した音楽であるが、その後は洗練され続け、今ではスノッブたちが愛する音楽と言えば、クラシックかジャズになっている。彼らは決してヒップホップなど聴かない。ロックも敬遠する。

つまり、ポピュラー音楽は労働者階級のものだという意識が強いのだ。
私の好きなロックの ブルース=スプリングスティーン にしろ、ジョン=クーガー にしろ、労働者階級の出身であり、中流以上の人にかなりの反感というか対抗意識を持っている。確かブルース=スプリングスティーンは死ぬまで労働者階級の英語で歌い続けると言っていた。決してひがみではなく、そのことに誇りを持っているのだ。人種のサラダボウルたるアメリカでは、自分のルーツを強烈に意識する人が多い。

私自身は、ジャズも好きだし、ロックも好きだ。両方を愛することができるのは、階級意識が薄い現在の日本で暮らすメリットであるが、今、日本でも階級分化が進んでいるような気がする。

付記
子供が使っていた中1の英語教科書Total Englishに次のような場面があった。

A: Do you like music, Ms. Jones?
J: Yes, I do, Aya.
A: Do you like rock music?
J: No, I don't.  I like jazz.

Ms. Jones というのは白人のアメリカ人教師である。他の課で、母親は図書館に勤め、妹は中国に留学しているとある。少なくとも中流以上の豊かな白人であろう。また、父親の趣味はテニスで、母親の趣味は水泳ともあった。この二つもスノッブ御用達だ。労働者階級の人々は、フットボール、バスケットボール、ベースボールが好きなのだ。

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2005/05/11

ビバルディ 「四季」

最近、クラシックやジャズを聞きながらブログの記事を書くことが多い。fourseasons

20代の頃なら、「クラシックやジャズを聞きながら」という言葉の響きに自己陶酔するために、わざわざクラシックのCDを取り出していたかもしれないが、今は何とはなしに聞きたいものを選ぶと、クラシック3:ジャズ4:ロック3ぐらいの割合になっている。

子供の頃、クラシックと言えば、ビバルディ「四季」→試聴可(MIDI)→Amazonはこちらの「春」だった。じいやに

「ぼっちゃん、音楽はクラシックをお聴きにならなければいけません。流行歌などは庶民が聞くもの。ぼっちゃんのようなお方が聴くものではありません」

と言われたからではなく、ルパン3世が好きだったのだ。ルパンでパーティのシーンがあると流れていたのがこの曲であった。

そのせいか、ホテルのバンケットで他の曲がかかると(たいてい他の曲なのだが)、違和感をぬぐいきれない。結婚披露宴で、新婦のおじさんが「娘よ」を歌って新婦の父親が涙をこらえる。そういう場面でも、「違う、これやないねん」 と思いつつ、無理に神妙な顔つきをしたりしている。

ちなみに、僕は宮崎駿っぽいルパンは好みません。泥棒は盗みをせなあかん。少女がうろちょろすると目障りや。ロボットも要らん。(宮崎駿さんは神の領域に達しているそうなので、小文字にしました。)

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2005/05/10

芸能人の罪

芸人が不倫をしたとか、借金まみれとか非難されることがある。

道徳的にすばらしいことと、芸にどんな関係があるのだろう?

横山やすし より 西川きよし の方がすばらしい芸人だ(った)
と思う人などいるのだろうか?

ボーダーレスの膿が出ているんだと思う。
あまりにもテレビに出る芸人に芸がないため、芸人と一般人の垣根が低くなっている。

まず、芸人は一般人には真似のできない芸を持つからこそ存在価値がある。
一般人は、その芸にのみ注目すればいい。

芸人に社会的責任を負わそうという主張を聞くことがあるが、芸人に教育者や政治家の役割を求めること自体が無理である。
影響力が大きいという反論があろうが、芸人は普通の社会では生きていけない代わりに芸だけで生きることが許されている、それぐらいに見る側が考えておけばいい。

もし、子供が影響を受けるなら、それは親が悪い。幼少の頃から、子供の相手をする時間を惜しんでテレビに子守りをさせるから、子供はテレビを親だと思っているのだ。

「毎日、コエンザイム摂らなあかんらしいで」

「何、それ?」

「サプリメント」

「サプリメントはあんまりようないって先生言うてたで」

「でも、それがないと太るねんて。毎日摂らな足らんようになるってテレビで言うてたで」

「ほな、摂らなあかんねんな」

この会話に違和感がない人は、テレビ依存症の疑い有り。新聞で、一般の記事に見せかけて実は宣伝という記事広告というのがあるが、テレビなどスポンサーを調べれば、「番組広告」となってしまっているものが極めて多い。もはやテレビは合法的大詐欺団となっている。

話を戻して、とにかくその芸を見るべき価値があるなら、その人の人格に関係なく見ればいい。見るべき価値もないのに、「どんな顔して謝罪会見やりよるんやろ」などという気持ちで見るべきではない。売名行為の奴らの思う壺だ。

もちろん、芸があっても刑事事件はいけない。まして、芸のない奴がタクシー料金を払わす警察官を殴ったり、倒産させるほど窃盗するなどもっての外。そういう奴らの顔を見てはいけない。声を聞いてはいけない。名前を語ってはいけない。我々がそうするたびに、そいつらは知名度を上げ、利益を得るのだから。

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2005/05/09

子供は育てるのか?(4)

小学校で順位をつけることが忌避されている。

私の近所の小学校などの実例

○運動会の徒競走。背の順で走るのではなく、あらかじめタイムを計っておいて、そのタイムで一緒に走るメンバーを先生が決める。

○点数ではなく、手を挙げた回数で成績をつける。

○図工で絵を描くたびに、全員の作品を掲示する。

まだまだあるが、とりあえずこの三点について述べる。

まず、第一点の運動会。このシリーズ「子供は育てるのか(3)」で、大人が子供に介入しすぎることのまずさを書いたが、その一例。こんな小手先の仕事ばかりしているから、子供が学校の先生が言うことは嘘やと思うのである。社会に出られるよう準備をするのが学校の大きな役割の一つなのに、ご丁寧にもその最初の小学校で、子供たちに「学校は現実社会とは別物」という意識を刷り込んでいる。
なお、運動会で一位になるために、タイム測定の時にわざとゆっくり走る生徒がいるらしい。さらに、教師がそれを認めた場合、測定のタイムより早い組に入れるらしい。それでもタイムは測定しているらしい。その徹底さを別のところでいかせないものか。

第二点の成績。人を評価することを怖がり、避けるから、挙手の回数など機械的なやり方で成績をつけるのであろう。教師は主観を出すべきだ。人間が公正・客観的な評価などもとよりできるはずがない。生徒を伸ばしてやりたいという視点から、自分なりの評価をはっきりと出せばよい。体育でも音楽でも算数でも、できる子供が普通の子と変わらぬ成績だと自信をつける機会を奪うことにつながるし、できない子供が普通の成績だと、自分を見つめるきっかけを逃すことになる。

第三点の図工。第二点ともつながるが、評価には絶対差をつけるべきだ。絵でも習字でも、貼り出しはうまいものに限るべき。苦手をなくしてやろうという意識が強い教師が多すぎるが、ゼネラリストが評価されない世の流れからすると、平均的にできる子供より、得意分野を持つ子供の方が、いきいきと人生を送れるのではないだろうか。

社会主義、共産主義がほぼ消滅している世界において、最もその精神が保存されているのは、日本の小学校の職員室である。世界中で、子供の結果をそろえようとする発想を持つ教師、学校など他にはない。平等にするべきは機会である。才能や努力に差があるのが自明である以上、結果は異なって当然だ。

日本の小学校教諭よ。結果をそろえようとする下手な介入によって、子供が自信をもち育っていく機会を奪うべきではない。自信を持って順位をつけよ。算数でも、社会でも、体育でも、音楽でも。あらゆることで。顔の美しさや、足の長さでもよい。人を笑わせることでも、けんかの強さでも。とにかく何にでも。介入するより、よく観察して順位をつけよ。

蛇足)このブログも人気blogランキングに参加しています。5/8 午前8:00現在、社会・経済分野で20位。大健闘! クリックしてくれた皆さんありがとうございます。 僕もこれで少し自信がついたので、これから調子に乗って書き続けます。 これからもよろしければ、サイドバーの「ランキング」にあるリンクを一日一押お願いします。

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2005/05/08

Smoke on the Water #2

~この記事は Smoke on the Water #1 の続きです。~

たばこのパッケージには次のような文言も入っていた。

「未成年者の喫煙は、健康に対する悪影響やタバコへの依存をより強めます。周りの人から勧められても決して吸ってはいけません。」

問題です。33歳の男性が車を運転していました。この男性は、運転中に携帯電話で話したり、タバコの吸殻を窓から捨てることがあります。すると歩道橋に横断幕がかかっていました。「パパやめて、わき見ケータイ、ポイ捨てを」さて、この男性は、運転中の携帯電話とポイ捨てをやめることができたでしょうか。

答は、もちろんやめられない。ずっと以前から不思議に思っていたのだが、あの七五調(上のパパやめても初句切れで七五調ですな。なぜか五七調は少ない)の標語なるものは効果があるのだろうか。恐らく全くないだろう。

タバコのパッケージの未成年者へのメッセージも、交通標語と同じように思える。直訳調でごろが悪い分、よりひどい。恐らく後で何か問題があったときのための保険のようなものだろう。ややこしいことにかかわりたくないからという、無責任体質が感じられ、非常に不愉快である。

でも、このことばを見て喫煙を思いとどまる若者がいたら、ちょっと会って話をしてみたい気もする。顔を見るだけでも。

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2005/05/07

ホンマやったゎ

テレビで言うと嘘っぽいけど、これはホンマやった。
よく甲子園の野球中継で、アナウンサーが

すごい声援ですねぇ。

すぐ横にいる解説の福本さんの声がほとんど聞き取れません。

などと言っている。

僕は、基本的にテレビを見ない。ラジオもたまに浜村淳(大阪の毎日放送で30年以上朝の番組を休みなく続けている)を聞くぐらい。

でも、「受動視聴」により(嫁さんはトラキチ)、上のような幾分興奮して聞き苦しい実況中継が耳に入ってくる。いつか、このブログでもその理由を採り上げようと思っているが、かつてタイガースファンだった僕が甲子園に行かなくなって20年ほど。その間はパリーグの試合ばかりを見に行っていた。

ところが、岳父(嫁さんのお父さんのことです)から、息子のためにとチケットを2枚頂き、嫁さんに息子を連れて行くよう命じられた。普段休みがあまり取れず、どこへも連れて行ってやれないため、引き受けた(引き受けさせられた)。

約20年ぶりに行ってびっくり。

びっくりその1)タイガースがヒットを打つたび凄まじい歓声。確かに横の人と会話することも難しい。まして得点が入ると、万歳三唱がおわるまでは、そばでロケットが打ち上げられても気付かないであろう。2

びっくりその2)7回にジェット風船を飛ばすのは知っていたが、あれがかなり膨らむ。縦に1mは膨らむだろう。それを欲張って膨らませすぎて割る人がかなりいる。7回裏のタイガースの攻撃に間に合わすよう、7回表は試合など見ず風船を膨らますのに皆が集中しているのであるが、そちこちでパンパンやっている。ゴルゴ13が居合わせたら、さぞ落ち着かないことだろう。

びっくりその3)風船もう一つ。6回までは観客席を見渡すと、黄色が目立つのであるが、7回になると風船が観客席を包み、とてもカラフル。一見の価値有り。(ちなみに、私がかつてタイガースファンだった頃は風船を飛ばす儀式はなかった。いつ誰が始めたのだろう?)

びっくりその4)試合前に子供向けのセレモニーがあった。こういうものは、ファンを球場に呼び込みたいパリーグが始めたのであるが、セリーグの球団もファン重視の姿勢を見せようとしているのだろうか。

ただし、神戸スカイマークスタジアム(元 ヤフーBBスタジアム、さらに元 神戸グリーンスタジアム)よりはまだ劣る。

ダメその1)僕が座ったのは3,500円の結構高い席だったが、非常に狭い。

ダメその2)甲子園は観客席の傾斜が急で「アルプス」スタンドと呼ばれる席があるほどだが、内野の前の10列はほとんど傾斜がなく極めて見にくい。野球を見ているというより、前の人のうなじを見ているという印象。

ダメその3)再入場ができない。

ダメその4)7回にはもう売店が店じまいを始めている。

ダメその5)ファウルグランドが広すぎる。

ダメその6)500mlのビールが600円!!! しかも、ぬるいやんけ!!!!! なめとんか! おまえ飲んでみぃ! しばいたろか! 2杯目は、わざわざ冷たいんか確認したのに、やっぱりぬるいやんけ! 社長、会見開いて謝罪せぇ! イテコマスゾ、ワレ!

気を取り直して、びっくりの続き その5)やっぱり、タイガースのハッピを着たおっちゃんの声はしわがれている。これは20年前も一緒。タイガースファンに澄んだ美しい声の人はいない。なぜか。もちろん、おばちゃんも、しわがれてるでぇ。

びっくりその6)しわがれた声で思い出したが、そう言えば、ダフ屋を一人も見なかった。兵庫県警もたまには仕事しとるんやろか?

最後に一言。やっぱりスポーツはスタジアムで見るべきだ。テレビでしか見ないのに評論家みたいな口聞く奴がスポーツをダメにしている。

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2005/05/06

どっちどすか?

京都で一番おいしいわらび餅は?

お手数ですが、まずは、これの前の記事 「えらい暑さどしたなぁ」 を読んで下さい。

読まれましたか?

記事中の「京都で二番」に関して、

一番は清水寺の近くの「洛匠」(→詳細)の草わらび餅

というご意見と、

西陣の「茶洛」(→詳細)のわらび餅も世評が高い

というご意見を頂きました。これに関して、「洛匠」派の方、「茶洛」派の方、あるいは別の店のわらび餅を推される方、はたまた、わらび餅に思い入れのある方、コメントをお願いします。

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2005/05/05

えらい暑さどしたなぁ

京都に行ってきた。大学のとき以来、15年ぶりぐらい。

大学の時、銀閣寺が好きだった。京都はとにかく暑さがこたえるのだが、銀閣寺に行くと心地よかった。哲学の道もよく歩いた。哲学の道のちょっと小粋な店を知っていると女の子に喜ばれる。

大学時代は、平日の昼間に授業をさぼって行くから、よっぽど修学旅行の中高生に出会わない限り、ひっそりとした銀閣寺を楽しめたものだが、今日は日本の人口が中国を抜いた2ndinkyotoのかと思えるほどの人だった。

うんざりしていたところ、哲学の道で面白いものを見つけた。→

最初は、哲学の道に似つかわしくない下品な看板やと思っていたが、なかなかどうして、京都の人もやるものだ。少し見えにくいかもしれない。こう書いてあるのだ。

京都で二番目に美味しい
ほんまもんの
わらび餅

2ndinkyoto2最初の行に注目。
(←拡大図)

なぜ2番目? 1番目はどこ?

深まる謎。1200年の歴史は侮れない。

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2005/05/04

Smoke on the Water #1

タバコを買ったら、パッケージが新しくなっていた。デザインが変わったのではない。主張が盛り込まれているのだ。
曰く

「喫煙は、あなたにとって肺気腫を悪化させる危険性を高めます。」

これはおかしい。そもそも日本語がなっていない。「あなたにとって」はおかしい。「喫煙が・・・を高める」というのも直訳調でよくない。英語を直訳するしか脳のない連中のために添削して進ぜよう。
「たばこを吸えば、肺気腫にかかる可能性が高くなります。」
字数も元が 29 に対して、これは 26 だ。あるいは、
「たばこを吸えば、肺気腫発症の危険性が高まります。」(字数24)
まぁ、文字に対する細かい感性は失われつつあるから、いっそ皆が好きらしい顔文字で

(^。^)y-.。o○  (-。-)y-゜゜゜  (>。<)y-゜゜゜コホコホ

ぐらいにした方がいいかもしれない。

(顔文字は、日本が他国の追随を許さないレベルのようだ。顔文字を使い始めたのは欧米が先だと思うが、それは

     :-)   とか  :-<

と非常に単純なものだった。それに顔を横に向けないと分からない。それが日本人の手にかかると、

     (^_-)-☆ とか (>_<) とか (V)o¥o(V) 

っていうのまである。私にはこれ以上ついていけないが、本当に表現力豊かだ。)

もちろん、表現だけでなく内容にも文句がある。今やたばこを吸う人は、健康によくないことを承知で吸っているはずだ。そもそもたばこを吸ってあまり長生きしない方が、年金制度に貢献できるではないか。こんなにけなげな、そして悲壮な覚悟を持つ喫煙者の気分を害するな! 気持ちよく吸わせてくれ!

受動喫煙の問題があるから、個人の覚悟では済まされないという意見もあるかもしれない。
しかし、受動喫煙による健康悪化は、その元となる研究のデータが怪しい。はっきり悪化が認められる数字が出た研究ばかりが報道されるが、はっきりとした因果関係が見つからない実験の方が多いらしい。それに、そもそも受動喫煙による健康悪化を減らすより、ジャンクフードによる健康悪化を防ぐ方が効果が高いはずだ。たばこもジャンクフードも必需品ではない点も同じだし。

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2005/05/03

Saturday in the Park

アメリカのバンドChicagoに Saturday in the Park という曲がある(試聴可ディスク1-10)。コマーシャルで流れていた(トヨタのブレビスという車らしい)ので、知っている人も多いと思う。

Saturday in the park
I think it was the fourth of July

土曜の公園
確か7月4日

で始まる。7月4日は、アメリカの Independence Day つまり、独立記念日である。連邦全体の祝日で(アメリカは祝日が州によって異なり、全土が祝日という日は少ない)、各地で催しが開かれるが、日本風の堅苦しい式典といった感じではなく、大勢の人がのんびりと楽しむ。この曲でもリラックスした平和な風景が描写されている。

People dancing, people laughing
A man selling ice cream
Singin Italian Songs

みんな、踊ったり笑ったり
男がアイスクリームを売っている
イタリアの歌を歌いながら

Can you dig it? -Yes, I can
I've been waiting such a long time
For Saturday

君にも見えるかい? (ああ、見えるよ)
僕はずっと待っていたんだ
土曜日を

この感じ、想像はできるんだけど、実感したことがない。今の仕事は週休2日どころか、だいたい月休2日ぐらいで、繁忙期には季節休2日ぐらい。前の職場は週休2日だったけれど、日曜日と平日いずれか一日だったので、土・日と続けて休んだことがない。

学生時代も週休2日の恩恵を全く受けていない世代である。まぁ、大学の時は、土曜に授業を受けたことはほとんどなかったけれど、平日もほとんど受けていなかったから、土日のありがたみを感じることは全くなかった。それに、アルバイトが週に6日か7日あったし。

いつか、この曲のように穏やかな週末を過ごす時が来れば、悪口ばかり言う悪癖も収まるかもしれない。死ぬまでに、月へ日帰りで行ける日が来るのと同じぐらいの確率かもしれないけれど。

コメントに附記有り

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2005/05/02

子供は育てるのか?(3)

~この記事は、子供は育てるのか?(2) の続きです。~
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「文藝春秋」5月号で、絵画教室で遠足の思い出を描くように言われて、1時間苦しんだあげく唐揚げ1個しか描けなかった小学2年生や、「目をつぶってよく思い出してごらん」と言われても目をつぶれない子がいることが大問題だと報告されていた。ensoku
そうなった原因はいくつも考えられる。

1)脳の発育の問題
子供の頃から知育教材を与えられ、自分の欲求を表現する前に定型が示されてしまう子供は、表現するのに必要な脳の発育に問題がある。特に、ビデオやDVDなどの影響が大きい。

2)美しすぎる世の中
極度に清潔を求める社会の中に、子供もやはりさらされている。小学生ともなれば、自分の技量は心得ている。絵を描くのが下手だと自覚している子供は、自分の絵の汚さに耐えられず、描くことができない。

3)演じさせられている日常
3歳児は3歳児なりの、5歳児は5歳児らしい姿が求められている。幼児教室の様子を見たことがあるが、先生たちは5分に1回ぐらいは、「○○ちゃん、それおかしいよ」と言っていた。基準とずれているという意識が言葉に表れるのであろう。子供は苦手な分野は演じることを拒否する。

などなど。

しかし、実際は、絵が描けないことや、思い浮かべられないことがそれほど問題とは思えない。

私自身、絵を描くのは駄目だった。目の前の物を見て描くときはまだしも、思い出して描くのはさっぱりだった。いつも絵がうまい子のをのぞきつつ何とか描いた。

問題なのは大人の干渉である。子供が持つエネルギーは、領域のあいまいな非定型の世界でのみ、現出が可能となる。野球やサッカーなどのスポーツはともかく、子供の遊びを見ていると実にたわいがない。大人には意味や目的が理解できない。それで、いいのである。エネルギーの放出そのものがその意義なのだ。

大人が介入して、子供の世界に意味や目的が持ち込まれると、そのエネルギーは押さえ込まれ蓄積され、大人の干渉をはねのけられるところで噴出する。だから、中学生や高校生、いや20代、30代にもなって反社会的行為をしてしまうのである。深夜の暴走行為や陰でのいじめの根はそういうところにある。成人が幼児を虐待するのも同根。

私には、この問題と他の問題の解決のためのアイディアがある。それは農業がポイントになるのだが、まだ考えがまとまらないので、今後考え続けるつもりである。

続く

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2005/05/01

アトピーが治るまで(6)

~この記事は アトピーが治るまで(5) の続きです。~
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前回、皮膚科医に行って以来、酒は飲み続けた。入社して1年が矢のように過ぎた。ステロイドはいつのまにか塗らなくなった。塗ろうにも、なくなってしまったのだ。

仕事が忙しくなり、医者に行く暇などなくなったためである。始発で出勤して終電で帰ったり、週に3日も徹夜が続いたりした。trikera

もちろん、肌はボロボロ。ゾウどころか、恐竜のような状態であった。

そんなある日、副社長に会った。このシリーズ(1)以来の登場だ。

「おぅ、頑張っとるらしいな。どや。プロとしてやっていく自信はついたか」

「えぇ、何とか」

「そやけど、その顔はあかん。治療してんのか」

「去年、専務に皮膚科医を紹介してもらったんですが」

「専務? あいつがええ医者なんか知ってるのか? 専務いうても、仕事以外のことは耳貸さんでええねんぞ。俺がええのん教えたろ。お前、ルイボスティー知ってるか」

「いえ、聞いたことありません」

「南アフリカの茶や。何にでも効くらしい。やっぱり、アフリカには訳の分からんパワーが潜在的にあるんやで」

「あまり、そういう健康食品は興味ないのですが」

「食わず嫌いはあかん。俺が何ぼか送らせるから、まあいっぺん試してみぃ」

この後すぐにルイボスティーが自宅に送られてきた。このお茶自体は別に飲みにくいこともなく困ることはなかったのだが、他の事でちょっと閉口した。

最近、所有するサッカーチームも野球チームも連敗で 坊主頭にした人や、声優が変わったアニメの主人公に似たニックネームで呼ばれる人にも共通するようだが、ビジネスマンはスピードを大事にする。この副社長もそうだった。

ルイボスティーが送られてきた次の日から、毎日、副社長から私の部署に電話がかかるのだ。症状の変化を聞くためである。スピードを重視する人は、変化を好むので電話の応対には苦労した。

「飲むのに抵抗がなくなってきました」
「おいしく感じるようになってきました」
「気をつけなくても、飲み忘れないようになりました」
「結構香りもいいですね」
「副社長も飲まれているのですか」
「作るのがうまくなってきた気がします」
「今日はおかわりしました」

飲んでも、症状は変わらなかったので、上のようなことを適当に答えていたのだ。

続く

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