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2005/05/19

若山牧水から不死身の身体

白鳥は 哀しからずや

空の青 海のあをにも 染まずただよふ

若山牧水のこの歌が、好きだ。 漂白の思いやまず、ただあてもなく旅を続ける孤独な私の心が、海のきれいな町で ふと目にしたこの歌に引き寄せられた・・・
からではない。そうだとかっこいいんだけれど。

最初はやはり教科書だろう。その後、何かで見かけるたびに、口ずさんでみる。声に出さない方が良かったと後悔しつつも、この歌が更に好きになる。

困るのは、「白鳥や」。
もちろん しらとりや と読み、恐らく かもめ を指しているのだが、新造人間キャシャーン(オリジナルのアニメの方) の白鳥(はくちょう)を思い出してしまうことがあるのだ。もちろん、そうなると続いて出てくるのは

たったひとつの命を捨てて、生まれ変わった不死身の体。

鉄の悪魔を叩いて砕く。

キャシャーンがやらねば誰がやる!

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コメント

はじめまして。
トラックバックありがとうございます。私も牧水のこの歌、大好きです。

投稿: 酔流亭 | 2005/05/19 17:44

トラックバック、ありがとうございます。
白鳥の歌、よいですよね。記憶に間違いがなければ、牧水は初出の時には「はくちょう」とルビをふっていたと、何かで読んだ気がします。この「白鳥」は「海」にも「空」にも染まらず、同時に「はくちょう」とも「しらとり」とも呼ばれ、詠まれてからずっと漂い続けているようです。

投稿: 本読人 | 2005/05/20 00:43

酔流亭さん、いらっしゃいませ。
こちらこそ、コメントありがとうございます。
酔流亭さんの「酔流亭日乗」に寄せてもらいました。蕎麦と酒と旅をこよなく愛される方なのですね。
関西人の僕は 蕎麦 より うどん が好きで、そもそも 蕎麦 を殆ど食べたことがなかったのですが、出雲大社に行ったとき、周りが蕎麦屋ばかりで仕方なく蕎麦を食べてびっくり。蕎麦がおいしいものだと初めて知りました。25歳ぐらいの時のことです(酒は小学校に行く前から飲み続けておりますが・・・)。蕎麦湯なるものも、その時初めて堪能しました。湯桶を見たのもそれが初体験。
確か 荒木屋 という店だったと思います。

投稿: 朝霧 圭太 | 2005/05/20 08:28

本読人さん、いらっしゃいませ。
こちらこそ、コメントありがとうございます。
牧水自身が「はくちょう」とのルビですか・・・。う~ん、ただただ驚きです。
今はまだ、驚きで冷静に「はくちょう」と読んだ場合の音の響きを味わえませんが、しばらくしたら「しらとり」と比べてみたいと思います。
貴重な体験でした。本当にありがとうございます。

投稿: 朝霧 圭太 | 2005/05/20 09:00

白鳥は 哀しからずや
空の青 海のあをにも 染まずただよふ

この歌は、「白鳥」=【ヤマトタケル(実人物は、大津皇子)】を下に敷き、
また『万葉集』の次の歌の、「白玉」を「白鳥」に転じて
詠まれています。

白玉は人に知らえず知らずともよし 
知らずとも我し知れらば知らずともよし
 元興寺の僧【大津皇子】(巻6・1023)

「表意」=【擬物法や寓喩に依る、裏意(真意)】
 「白鳥」=【斯廬(しろ・新羅の古名)の鳥(統治者)】
短歌には、もはや【裏】の【寓喩】はありませんが、
和歌にはそれが存在しています。 


投稿: 秋山 彩香(あやか) | 2005/07/26 22:30

秋山さん、はじめまして。
秋山さんのHPにおじゃましてみました。
古代史って面白いですよね。
なのに、学校の社会の授業が歴史嫌いを生産し続けていますよね。「聖徳太子が十七条の憲法を制定し、・・・」なんてやらずに、「聖徳太子は、なぜ、どのように生まれたか」ぐらいのテーマで授業すれば面白いと思うんだけどなぁ。

投稿: 圭太 | 2005/07/31 06:16

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» 若山牧水お気に入りの下落合散歩。(下落合みどりトラスト基金) [Chinchiko Papalog]
   若山牧水(1885~1928)は東京へ出たてのころ、下宿と早稲田大学とを往復するだけで、あとは緊張からかほとんど下宿で「引きこもり」のような生活を送っていたようだ。それが、ふとしたきっかけから戸山ヶ原の広大な原野を“発見”し、そこを散策するにつれて「引きこもり」生活から解放されてゆく。戸山ヶ原につづき、足をのばして今度は目白から下落合を散歩する、いや当時はハイキングするようになる。 『若山牧水全集』第7巻(雄鶏社/1958年)に収められた「東京の郊外を想ふ」には、そんな下落合の情景が具体的に登... [続きを読む]

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