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2005/05/18

小説に意味がみいだせなかった

私は、徹底的に めんどくさがり である。
できる限り無駄なことをしない、無意識にそう思う性癖がある。

読書にもその合理主義が影響を与えた。
小説を読む意義が理解できなかったのだ。

時間をかけた分、得られるものがなければいけないと思っていたので、
中学・高校時代に一冊の小説も読まなかった。
感動なんて実際の出来事でないとホンモノじゃないし、感動が得られるとしても、その感動が何かに活かせるわけじゃないので無駄である、と考えていた。

中学時代に読んだ最初の本は森村誠一が七三一部隊のことを扱った「悪魔の飽食」であった。その後も、ノン・フィクションや新書や文庫の人文社会系の入門書ばかりを読んだように思う。

そういう私が小説を読むことになるのは、大学生時代。あまりにも楽しそうに小説を読み、語る友人に触発されたのだと思う。「罪と罰」、「怒りの葡萄」など世界の名作と言われているのを何冊か読んだ。面白かったものもあったはずだが、名作より広瀬隆の方が面白かった。

就職後、会社の先輩に薦められて司馬遼太郎の本を読んだ。
これが、私の読書生活を変えた。

大学の専門だったので、歴史は好きだったが、その分かえって歴史小説を軽蔑していた。
読みもしないで。

司馬遼太郎の本は、やめられなかった。特に、「竜馬がゆく」「坂の上の雲」「項羽と劉邦」は読み終えるのが非常に惜しい気がした。

大学の歴史では、事実の客観性といったことばかりに気を向けて、生身の人間の才能とか、気性とか、そういうものは対象とさえ思わなかった。時代精神といったものも。

今では、歴史小説以外にも小説を読む。やはり、読書の中心というわけではないが、毎月一冊は読んでいる。

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コメント

TBありがとうございました。

投稿: トダ ノブ | 2005/05/22 17:53

トダ ノブ さん、いらっしゃいませ。
トダさんのブログ見ました。よくあれだけの本に関する記事を書けますね。読むだけでも結構な量なのに。勉強家なんですね。見習えるものなら、見習いたいなあ。

投稿: 朝霧 圭太 | 2005/05/23 11:30

TB頂いた者です。
>司馬遼太郎
『竜馬』『坂の上の雲』ともに未読で語るのもおこがましいのですが、司馬作品ではユニークで強烈な個性たちがくんずほぐれつする『項羽と劉邦』、主人公の天然ボケぶりが奇妙な味わいをかもし出す『花神』が特に好きです。
デビュー作『梟の城』も読みました。「司馬先生が忍者ものでデビュー」というのは、言ってはならないことなのかと長い間思っていましたが、数年前さっくり映画化されてちょっと意外でした。この作品は『カリオストロの城』を彷彿とさせるようなところがあります。

投稿: SGA屋伍一  | 2005/05/24 22:33

SGA屋伍一さん、いらっしゃいませ。
僕も「項羽と劉邦」「花神」好きです。
「花神」の村田蔵六(後の大村益次郎)いいですよね。西郷にさえ媚びない、徹底した現実主義。計算しつくして、それでもダメなら逃げることを薦める・・・彼が暗殺されず、陸軍に残っていたら、帝国陸軍の性格も違ったものになっていたことでしょう。長州にもこういう人材がいたんですね。

投稿: 朝霧 圭太 | 2005/05/25 08:28

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