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2005/06/26

小幸福論

ちっちゃな幸せ(詳細は→「ちっちゃなちっちゃな幸せ」)は、続くのもちょびっとだけでした。

洗面台の電灯がつく時間が短くなったことで幸福感が得られたのは、たぶん3日ぐらい。今は何とも思わない。また古い点灯管に戻して不便を何日か感じた後で、再び新しい点灯管につけかえた方がいいのだろうか。
いや、それはあまりにも倒錯した趣向。そんなことを試せば、人格がゆがんでいきそうな気がする。
それに、二回目は感動も小さく、さらに短い時間しか満足感が続かないだろう。

幸福は、しょせん相対的であり、変化の上にしか成り立たないものですね。
年収が1,000万円を超えて達成感を味わう人がいる反面、孫さんでも、三木さんでも、堀江さんでも、年収が1,000万円となると惨めな敗北感を抱くことでしょう。相対的と言う所以です。

また、7年間で次のような成績を収めたプロスポーツのチームがあったとします。
 Aチーム 3位 1位 1位 1位 3位 2位 3位 優勝3回 平均2位
 Bチーム 4位 1位 5位 1位 5位 4位 1位 優勝3回 平均3位
優勝回数はどちらも3回で、平均順位はAチームの方が上ですが、喜びの総量はBチームの方が大きいのではないでしょうか。なぜなら、Aチームは続けて優勝しているため、2年目、3年目はどうしても 飽き が忍び入ることになります。それに、優勝が続くと、優勝が普通で、優勝を逃すことが不幸となってしまいます。それに対し、Bチームのパターンは、予測がつきにくい分、喜びが大きいと思うのです。幸福が変化の上にしか成り立たないと言う所以です。

すると、幸福をできる限り感じるためには、
1)旅に出るなど、生活に変化をつける
2)日常の中の小さな変化を見逃さない目と感受性を養う
ことが必要ですね。
あ、
3)わざと、不幸に飛び込む
という手もありますね。そうすれば、その後は普通の状態が来さえすれば、幸福になりますから。
まあ、何か打ち込むものがあって、目標を定め、それを達成するに越したことはないのですが、これがなかなか・・・・・・ね。

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コメント

小さな幸せを感じる心を持っていたいと
日ごろより心がけているのですが、
感受性というものは、この年になると
そんなに育つわけはなく、気持ちに余裕がないときは特に
小さな幸せを見逃しています。
わざと不幸に飛び込むのなんて絶対に嫌だから
やっぱり、生活に小さな変化をもたせることが
小さな幸せへの一番の近道なのかなあ
なんて思っています。

投稿: ちこ | 2005/06/27 02:34

ちこさん、おはようございます。
そうですよね。僕も不幸に飛び込むのは、アカプルコの断崖絶壁に飛び込むような気持ちです。
最近、ちょっとした変化に気付くようになりましたが、その分、気分の振幅も大きくなったような気がします。

投稿: 朝霧 圭太 | 2005/06/28 09:15

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