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2005/06/01

現代の独裁者

我々は ことば に囚われている。
ことばを用いて自由に考えているように感じられるが、そうではない。

たとえば、牧場でミルクを絞られている動物を見たとき、多くの日本人はその動物を「ウシ」と認識するだろう。ビーフにされる動物も、水田で働かされている動物の写真を見ても同じだろう。
しかし、アメリカ人なら、cow とか bull とか ox  とか calf とか steer などと呼び分けることだろう。

語彙力がどんどん乏しくなっている現代日本人は、今までにもまして ことば の囚われの身となっている。

ある子供がいるとしよう。人間だから、当然その子にも、長所と短所、得意と不得意がある。服装に頓着しないその子が、他のある子から「うざい」と言われれば、その子の他の性質は全て「うざい」に収斂されてしまい、もうその子は次の日からいじめの対称になる。

鉄道会社が大事故を起こした。その鉄道会社が「儲け主義の悪徳会社」と喧伝されれば、もはやその会社の善の部分は吹き飛ばされてしまい、その会社の社員というだけで、唾をかけられ、頭をはたかれ、傘でつつかれる。

独裁者の下で、豊かな文化が花開くことはない。是々非々で事に当たり、多様性を許容することが必要である。語彙を豊かにすることが、必要条件となるはずである。
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