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2005/06/23

The Way of Rough-Drawing

嫁さんが、「見て」と言いながら、娘のスケッチブックを持ってきた。

私は、たとえ自分の子供の物といえども、勝手に持ち出すのは気がひけるのだが、母親たる嫁さんは、涼しい顔をしている。

スケッチブックには、美術の時間に描いたらしいデッサンが数枚。
うまい。
とは言え、美術音痴の私には何がどううまいのか説明できないが、全て と右下に朱書きされている。教師の評価だろう。

私は小学生の頃から、このデッサンが嫌いであった。
「見たまま描きなさい」
なんて言われるが、どこから描けばいいのかさっぱり分からない。描けてもせいぜい輪郭だけ。目にしているものと、自分が鉛筆で生み出したもののあまりにも大きな相違。「見たまま」という言葉が更に重みを増す。

最近の教師には、出来が悪い生徒に対して「塾で教えてもらいなさい」などとのたまう輩もいるが、私が子供の頃の教師は塾を嫌っていた。教えるのは、子供に影響力を及ぼすのは自分だという気概があった。図工の教師はお絵描き教室を嫌っていた。だから、「こうやれば、きれいに見える」式の描き方は決して教えてくれなかった。技術よりも精神重視の理想主義的指導であった。

周りの子の絵を見ると、みんなとてもうまく描いている。

何が違うのだろう?
そうだ、みんなのデッサンには陰影がある!
あれを入れれば、自分の落書きもデッサンに出世だ。
でも、なんかうまくいかないな。
そうか。鉛筆を寝かすように持つのか。
・・・・・・

結局、デッサンの時間はいつも、モデルを見ずに、うまい子のスケッチブックや、その子の描き方ばかり見ていた。
デッサンを見てデッサンする・・・・・・それが、私が発狂せずに図工の時間を終えるために編み出した技法であった。
何回、絵のことを話題にすんねん。よっぽど絵に恨みがあるんか?
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コメント

今晩は、先ほどはコメントありがとうございました。
リンク、させて頂きたいんですけど、実はエキサイト以外ですと私、なかなかリンク出来なくて。すみません、お気に入りには入れさせて頂きました。絵ですね、私は好きでしたから、苦労していないんですが、これほど、大成するのが難しい分野もないと思います。まあ、趣味で終わりました。小説は、今は力入っています。
それで、絵でも何でも、ひとつ分かっているのは、まるっきりお手本もなくやれるものではない、と言う事です。
小さい頃から、英才教育を受けたものだけが許される道。そんなのはありますよね。その人達は、先生にマインドコントロールされてますよ。はは。だから、好きになったものは大事にしてコントロールされないようにしないといけない。好きでも、その先にあるのは評価ですよね。
長々、失礼致しました。また参ります。

投稿: AS | 2005/06/26 02:31

ASさん、おはようございます。
絵に苦労されない由、うらやましい限りです。
子供の頃は、お絵描き教室に通わせてもらえたら、などと考えていましたが、今は通わなくてよかったと思っています。通っていたら、劣等感がさらに加速度ついて増していたことでしょうから。

投稿: 朝霧 圭太 | 2005/06/28 08:40

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