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2005年7月

2005/07/31

替歌考

いまどきの小学生は替え歌を作らないそうです。
まぁ、それ以外に面白いことがいっぱいあるからなぁ。

僕が小学生だった頃にも、ゲームウォッチなんていうのがありましたが、替え歌はよく歌ったよなぁ。
僕の作詞した軽く100曲を超え、恐らく500曲はあったであろう替え歌の殆どは、記録されることもなく歴史の闇に消え去りましたが、懸命に思い出してみました。

注1) 当時、替え歌はもはや文化と呼べる領域に入っていましたので、僕の作詞したものだけではなく、多くの小学生の感性と知恵が入り混じったものとなっています。
注2) 小学生の男子が考えたものです。小学生男子が好みそうな表現が多数含まれております。その手の表現に抵抗にある方は、以下の記事をお読みにならないようお勧めいたします。

考えてみれば、替え歌は二つに大別できます。
音系と意味系

1)音系
意味はなく、音の面白さによる替え歌。

パッピー、プペッ (ペッパー警部)

ポヨン、ポヨ~ン
(ルパン三世の出だし、ルパン・ザ・サードの部分)

&%$!¥>?#<&%$!¥>?#< ねーちゃーん
(魅せられて。英語の部分)

浜の真砂の数ほどあったはずだけれど、こちらは、なかなか思い出せません。

2)意味系
僕の作詞では、こっちが断然多かった。

今の君は ぶくぶくに 太って
あきれかえるほど 肥満
(今の君はピカピカに光って)

ジャスコで万引き そばやで食い逃げ
国鉄ただ乗り 刑務所へ
(ジャスコのCM「ジャスコで会いましょう」)

何か 食い物 ないですか
芋と豆しか ありません
(北の宿から)

お魚くわえた サザエさん おんぶして
はだしで 駆けてく ゲゲゲの鬼太郎
(サザエさん)

キラキラ海岸で
カニにちん○ はさまれた
痛い痛い 放せ
放すもんか ソーセージ
赤チン塗っても 治らない
黒チン塗ったら 毛が生えた
(キラキラ星)

戦艦大和が沈む時
碇に○んぽをはさまれた
とうとうちぎれた ソーセージ
後に残るは 玉二つ
(軍艦マーチ)

書いているうちに結構思い出してきたけれど、何と言ってもお気に入りだったのはガッチャマン。まずは本歌から。

誰だ 誰だ 誰だ 空のかなたに踊る影
白い翼の ガッチャマン
命をかけて 飛び出せば
科学忍法 火の鳥だ
飛べ 飛べ 飛べ ガッチャマン
行け 行け 行け ガッチャマン
地球は一つ 地球は一つ
おお ガッチャマン ガッチャマン

次は圭太版。

誰だ 誰だ 誰だ

庭のガラスを割ったのは

白い翼の

にわとり

命をかけて 飛び出せば

科学忍法 焼き鳥だ

飛べ 飛べ 飛べ  にわとり

焼け 焼け 焼け 焼き鳥

地球は一つ

作れば二つ

おお 焼き鳥 くわせろ

そう言えば、折衷系もあった。

十日 便秘 ぷー
(ビビディ・バビディ・ブー)

あっほぅ あっほぅ ○○○○
(かっこう。○○○○には、嫌いな奴の名前をその時の気分で入れる。ほりうち とか、やなぎだ とかジャイアンツの選手名を入れることも多かった)

月曜日は げっつい う○こ
火曜日は かいかい おしり
(一週間)

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(次は8/5頃に更新するつもりです)

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2005/07/30

最近は2-1なのか

あまり、盛り上がっていないようですが、水泳の国際大会をやっていますね。
世界水泳? 世界選手権?
北島が百m平泳ぎで銀メダルを獲得したというやつです。

もっとも、水泳ファンなんて日本にはそんなに多くないでしょうから、本来盛り上がらないものだったのを、テレビ朝日が何年か前から古館を実況に起用して無理やり盛り上げようとしていただけなんでしょうけれど。

まぁ、それはともかく、僕は中学時代に水泳部でした。しかもキャプテン。
自己ベストは、50m自由形で27秒、100m自由形で1分3秒ぐらいでした。
県大会にも進めなかった記録ですから、大したものではありません。

高校では、以前書いたように(→珈琲(1) →珈琲(2))ユースホステル同好会に属していたので、水泳から遠ざかり、現在に至るまでそれほど興味は持っていません。たまに泳ぎに行くと、バタフライが泳げるので、ちょっと自慢できる程度です。

オリンピックや世界水泳などもほとんど見ないのですが、昨日ふと目にして気付いたことがありました。
日本の選手が銅メダルをとった女子100mバタフライ決勝。何人かの選手が2-1で泳いでいました。

2-1? 
「に いち」って読みます。
泳ぐ時のひとかきをストロークというのですが、2ストロークに1回の割合で息継ぎをすることをそう呼ぶのです。中学の部活動以外で本格的な水泳をしたことがないので、正式な言い方かどうか分かりませんし、古い言い方なのかも知れませんが、神戸市の大会で他の中学の部員達も使っていましたので、少なくとも、1980年代、神戸の中学ではそう言っていました。

例えば、クロールで右手を上げるたびに息継ぎをするなら、2ストロークに1回の割合になりますから「2-1」です。僕は、小学生の頃は、それが普通だと思っていましたが、中学のクラブでは、息継ぎをすれば水の抵抗が大きくなるから、なるべく回数を減らすため、「3-1」か「5-1」で泳げと指導されました。中学生は違うなぁと感じたものです。クロールで「3-1」だと、息継ぎをする度に、右、左、右、・・・ と顔を上げる方向が変わるわけです。

僕の常識では、バタフライは体力の消耗が激しいので、「1-1」が普通でした。しかし、昨日見た女子100mバタフライの決勝進出者には「2-1」で泳いでいる選手が多かったのです。泳法にも流行があるので、現在だけかもしれませんが。

ちなみに、僕は中学の最後の大会で、100m自由形に出場した際、友達が「50mノーブレ(ノーブレスのこと。つまり息継ぎなしということです)でいったら○○やるわ。あかんかたっら俺がそれもらうで」というので、その賭けにのりました。僕は死にそうになりながらも50mノーブレを果たし、27秒で50mを泳ぎました。ダントツのトップです。ところが、前半の50mで無茶をしたため、後半は38秒と信じられない凡タイムで泳ぎ、結局1分5秒という自己ベストより2秒も遅いタイムに終わり、県大会進出を逃しました。
○○は何だったかなぁ、もう忘れてしまいました。

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(明日<7/31>も夕方以降に更新するつもりです。よろしければご覧下さい)

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2005/07/26

受け継がれる精神

面白い文を読んだ。筆者はアメリカ人。

日本に来て、まだ サムライ の精神が、それも子供たちの間にさえ残っていることに驚いた。 私にとっては不条理に見える決定を潔く受け入れる姿勢に、サムライの精神が残っているのだ。

何のことを言っているか分かりますか。

・・・ ・・・

now thinking time

・・・ ・・・

still thinking time

・・・ ・・・

Are you ready?

・・・ ・・・

答は ジャンケン です。

当たり前すぎて、多くの日本人には難しい問題だろう。
この筆者は、一つしかないケーキをどちらが食べるか決める場面と、キャンプのテント内で一番心地よく眠れる場所を誰がとるかを決める場面を挙げ、いずれも当事者の日本の子供たちがジャンケンで決め、しかも負けた子供がその運命をすんなりと受け入れたことに驚き、感心している。

じゃあ、アメリカ人はどうすんねん? 筆者はコイントスという方法がジャンケンに相当するだろうが、上の二例のような場合には、話し合って決めるだろうと言っている。日本人の僕にはこれの方が驚きだ。
日本のような蒸し暑い風土で長い間暮らせば、アメリカ人もジャンケンの淡白さに納得がいくようになるだろう。

それにしても、アメリカ人は、日本の子供がジャンケンをしまくっているような年頃から、ディスカッションをしているのか。やっぱり、そういう国だからこそ、民主政治が支持されるのだろうな。

日本は、どうせ国会なんて、表面的な儀式しかできないんだから、日本の風土に合った淡白なやり方に変えたらどうだろう。投票を止めて、ジャンケンで決めるのだ。
郵政民営化ジャンケンとかね。

「小泉首相、郵政民営化が否決されましたが、今のお考えは?」

「仕方がない。こちらがチョキで、あちらがグーだったのだから」

「切り込もうとしたけれど、意外に相手の結束が固かったというところでしょうか?」

「そうだね。最初の あいこ が惜しかったと言えば惜しかったね」

てな具合。

そう言えば、最後にじゃんけんをしたのはいつだろう →人気blogランキング へ投票

もうすぐ5位、頑張れ! →人気blogランキング へ投票
(7/27 朝7:00時点であと30点!!)

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2005/07/25

歴史は繰り返す

僕が普通のおじさんに戻って、犬のように仕事をし、丸太のように眠っている間に、プロ野球のオールスターゲームも終わってしまったようですね。

続きを読む "歴史は繰り返す"

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2005/07/22

宣言

先週「泣き言」で書きましたが、もう明日からは、いよいよだめです。
とてもブログの更新ができる状態ではない! 蟹工船の世界です。

そこで、宣言します。

明日から、僕は、普通のおじさんに戻ります

パクルにしても古すぎる・・・・・・。
(1978年というから、もう27年も前のことだ。僕はまだ小学3年生)
でも、いいんです。もう若い奴に媚びるのは疲れた。
(↑おまえが、いつ若い奴に媚びたんや。だいたい、おまえ、ひとに媚びる方法知らんやんけ

ともかく、明日からは毎日の更新は難しくなります。
ブログのことなど気にかける気力さえないぐらい、仕事に没頭する普通の中年男に戻ります。 (週に2回か1回は更新するつもりですが。)

附記)
普通のおじさんに戻れそうにないのが、似顔絵くらぶ・2 の中村さん。
暑さのせいもあるのか、ちょっとおかしくなって、そして、面白いです。
僕も少し登場するので、ぜひご覧を!
→似顔絵くらぶ・2 7/20 「アルアル探検隊♪」

早くこっちに戻って来いよ →→人気blogランキングへ投票

おっ、5位まであとちょっとやん。ちょっと押したろか →→人気blogランキング へ投票
(7/22 午前7時現在 5位まであと68点)

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2005/07/21

アトピーが治るまで(12)

~この記事は アトピーが治るまで(11) の続きです。~
シリーズの最初から読むには、サイドバー の「カテゴリー」内にある「!serial アトピーが治るまで」を選んでください。

今まで苦いことを強調するなど、漢方に関してさんざん書いてきたが、これは効いた。
最初の処方でも、改善が見られたが、強い薬を混ぜた後は、更に効いた。

どれぐらい効いたか。
まず、漢方を飲む前の状況から。
痒さに耐え切れず、特に寝ている間にかきむしるので、体中血だらけ。シャツは常に赤く染まっていた。そのころは、慣れっこになっていたが、今思うと、とても人間の肌ではない状況だった。ゾウの肌とはまさに言いえて妙。

それが、漢方を飲みだしてからは、痒みがましになった。朝起きた時の出血が徐々に少なくなった。少し効き出すと、「この薬は効く」と思って飲むから、更に効果が増す (信頼している医師に処方してもらえば、小麦粉でも風邪が治るとかいうあれです)。

全身に出ていたアトピーが一ヶ月ほどでかなり治まり、見た目には人間に見えるようになった。それまでは、エレファントマンだったから。残るは、首と、ひじやひざの内側ぐらいになった。僕の状態の変化を見て、是非どんな治療をしたのか知りたいという人もいたので、今度医者に行ったら、一体あの薬の正体は何か聞いてみようと思った。

「お、朝霧さん、これはきれいになってきましたね」

「もう、本当に先生のおかげです」

「一ヶ月頑張って煎じ薬を飲んだ甲斐がありましたね」

「先生、一つ聞きたいんですが」

「薬の原料でしょう? 最初は飲むだけで精一杯の患者さんも、効き始めると興味がわくんですよね」

(やっぱり、そういう人が多いんだ)

「ええ、そうなんです。一体何を使ったらあんな薬になるんですか」

「朝霧さんは、意志が強い方ですか」

「頑固と言われることがありますから、そういう時もありますが、からきしだめな時もあります。でも、どうしてですか?」

「う~ん、言うのは簡単なのですが、聞いて飲めなくなる方もいらっしゃるんですよ」

(そんなに強烈なものを使っているのか!?)

「ここまで効きましたから、大丈夫です。飲まなくなって困るのは僕自身ですから」

「そこまでおっしゃるなら、お教えしましょう。朝霧さんの場合は、セミの抜け殻とスッポンの甲羅が主体の薬を処方したんです」

「えっ・・・・・・」

どんなすごいものかと思っていたが、その程度か、と最初は思った。
でも、考えてみれば、女性なら十分気持ち悪いと思うだろうし、男性ならそんなしょうもないもんかと馬鹿にするだろう。なるほど、医師が言うのを渋ったのも納得できる。

僕も、漢方で症状が改善する経験がなかったら、そんなものが薬になると聞いても笑ってやり過ごしただろう。でも、少なくとも僕の体質に合ったのは動かしようのない事実なのだ。

あんたは単純やから何でも効くのとちやうの →人気blogランキングへ投票

付記)
7/21 午前0時の時点で6位!
はっはっはっは。思い知ったかね、明智君。
早朝だけでなく真夜中でも達成だよ。

いつもクリックして下さる皆さん、本当にありがとうございます。
お蔭様で、ちょっとぜいたくなビールの500ml もおいしく頂きました。
5位以内に入ると、6本セットを買ってくれると、「雛にもまれな美しい」妻が申しております。
しゃあないな、ビールぐらい飲めるようにしたろか →人気blogランキングへ投票

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2005/07/20

えべっさん

人気blogランキング 7位!
7/19 8:00 a.m. 時点

先日、10位以内に入った時、嫁さんがお祝いということで、本物のビールを買ってくれました (普段は第3のビールとかいうまがいものです)。しかも、あの ちょっとぜいたくなビール です。ただ、350ml だったので、そのことを言いました。

「うわっ、ありがとう」

「うれしい?」

「うん。500ml やったらもっとうれしいけど」

「今度、7位以内に入ったら、500mlにしたるわ」

「それは、うれしいけど。だいぶかかるわ」

「なんで?すぐちゃうん?」

「200点台から300点台にあがるのに、一ヶ月以上かかったんやけど、今度も400点台から500点台に上げな7位は難しいと思うねん。400点台も最近ようやく到達したとこやからな」

「ふぅん、なんかたいへんやねんな」

(僕の台詞が100字を超えると、嫁さんはほとんど聞いていない。聞いているフリをして、適当に返事しているだけ)

と、こんな会話を交わしていたのが、7/18。
それが、7/19の朝 見ると、7位になっていた。本当に驚いた。
こういう驚きなら毎日でも歓迎だけれど。

何や、また早朝かいな。晩はいつも大したことないんちゃうん →人気blogランキング へ投票

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2005/07/19

圭太の異常な愛情 あるいは如何にして文章を愛するようになったのか?(2)

この記事は昨日の続きです。まだ、ご覧になっていない方は→コチラをどうぞ。

大学は、何とかあこがれていた所に入ることができた。
しかし、バブル絶頂期だったとは言え、大学に入ったぐらいで メルセデス や BMW を買ってもらうやつらとはうまくやっていけなかった。そんな奴は、成○大学や慶○大学など東京の私立大にしかいないのかと思っていたが 、京都にもいた。こちとら、給与の奨学金 (返す必要がない奨学金) をもらいながら授業料も免除してもらうほどの身。世界観が違いすぎた。

というわけで、ありとあらゆるアルバイトをした。まったく、アルバイトをするために大学生になったようなものだ。基本は塾と家庭教師だったが、引越しやデパートの催し物会場の入れ替え (北海道展から大呉服市への転換といったもの)、先輩や友人のたこ焼きを手伝ったこともあった。

中でも、僕の師匠からのちょっとしたバイトが、バラエティでは一番だった。
師匠は作家だが、純文学なのでそれだけでは食えず、歴史、映画、政治、脚本などあらゆるものを書いていた。 実入りでは、テレビの脚本が良かったようだが、自分本来の仕事ではないということで、いつも変名を使っていた。それもスナックのママの名前か何かを。

その師匠が、人が良くて、頼まれたら断れない。そこまではいいのだが、困るのはその先で、自分の手に余るものを僕に回すのだ。

古○電工の部長昇進試験を受ける某氏は、試験科目のTOEICと中国語の指導を頼んできた。お礼は弾むという言葉に、僕の胸は弾んだ。英語はかなりできる方だったので、TOEICは推薦図書を伝えただけだが、中国語はからっきしだめで、もう勉強する気もなく、結局レポートを全て僕に押し付けてきた。師匠のDNAを正しく引き継ぐ僕は断れず、(本当はお礼に目がくらんで)、自分のレポート以上に真面目に取り組んだ。
これが功を奏し、試験の点をカバーできたのかできなかったのか、ともかく昇進を果たされた。
それで、お礼は、

「もうキリンの時代は終わりやで、これからはちゃうで」
と言って渡された

アサヒビールのビール券3枚

ちょっと、ちょっと、部長になれば、年収1500万円は堅いって言ってたじゃないっすかっ!何、このビール券3枚。時代はバブルの絶頂よ。確かに、その頃発売されたスーパードライは破竹の勢いで今のアサヒの礎を築いたらしいけれど。

とまぁ、師匠には、そういった具合でアルバイトをコチョコチョといっぱい紹介して頂いた (押し付けられた)。そんな中で、楽しかったのが書くアルバイト。

多かったのは、翻訳の下訳だった。これが、難しくて、かつ、結構楽しい (相場というものを知らなかったし、今も知らないが、もうまったく金にはならない仕事だった)。
下訳と言っても、そのまま活字になることもある。たとえ、重要な場面でなくても、そういうのを目にすると、とても心が弾んだ。

こうして、もはや、自分は書くことにとりつかれていた。大学は京都なのに、師匠の本拠地である元町・三宮で過ごす時間の方が長くなった。自宅や下宿に、ほとんど寄り付かなくなるほどだった。

続く かもしれない
大学から、今まで十数年あるのですが、ひとまずここでおきます。
書くことができるほど、自分自身で整理できていない波乱があったからですが、その後が、特に何もないからでもあります。

この記事は何やようわからんけど、こんだけ長い文を書いとるちゅうことは、まぁ書くのが好きなんやな →人気blogランキング へ投票

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2005/07/18

圭太の異常な愛情 あるいは如何にして文章を愛するようになったのか?(1)

7/15の記事 しまった! のコメント欄で ASさん とやりとりをしていて、いつからこんなに、長々としたうるさい文章を、嬉々として書くようになったのか、記憶をたどってみようと思い立ちました。

小学生の時から面倒臭がりで、行事があるごとに作文を書かされるのが嫌でたまらなかった。夏休みの宿題の読書感想文も苦痛だった。確か小1の時に、読書感想文で先生にほめられたか何かしたのだが、おくてだった僕は、自分だけ立たされているのがただ恥ずかしかっただけで、名誉なこととはちっとも思わなかった。

僕は団塊ジュニア世代だから、友達の親には教育熱心な人が多かった。土地柄もあって、小学校の高学年ともなると、45人ほどのクラスで、塾や習い事に通っていないのは僕だけだった。300人近くいた学年でも、恐らくそういう生徒はほとんどいなかったはずだ。
それで、他の子が 遊べるのは月木土 とか 火水金 という具合に決まっていたのに対し、僕のみは 日月火水木金土 で、遊びは皆勤賞だった。

ただ、両親は、教育ママ・パパ ではなかったが、しつけはうるさかった。宿題をしないと遊びに行かせてくれなかった。だから、それがすっかり習い性となり、夏休みも、7月の間は、ただ早く宿題を終わらせることで頭がいっぱいだった。読書感想文も、原稿用紙にひたすらあらすじを連ね3枚とか4枚の規定を満たすことのみを目的としていた。

そんな風だから、毎年読書感想文で表彰されるような子たちが、僕には同じ人間には思えなかった。更に、小6の時、卒業文集に載せる作文を選ぶ時に、僕は自分なりに頑張った実感があった運動会の作文を告げたはずなのに、先生は別の作文を選んだ。そんなことも、作文嫌いを増進した。

中学の時に、ちょっとした転機が訪れた。小学校の間は本が好きで図書館でよく本を借りたのだが、中学になると部活や友達との遊びで、全く本を読まなくなり、3年間でまともに読んだ本は0冊。
読書感想文はどうしたかというと、序文と後書きだけを読んで書いたのである。この方法を開発したのは中1の時だが、いきなりこれで神戸市の賞をとってしまったのである。後で思えば、これはただ選んだ本が良かっただけかもしれない。七三一部隊の人体実験を取り扱った「悪魔の飽食」であった。 (大学で、エイズの問題を研究している時に、今はなきミドリ十字のことを調べるために、初めて本文を最初から最後まで読み、衝撃を受けた。)

気を良くした僕は、中2でも同じ方法で自信満々に感想文を書き上げた。しかし、図書委員の オカ○ト 君は、僕に良くない感情を密かに持っており普段から復讐の機会を窺っていたようで、クラスの作文をまとめて国語教師に提出する際に、僕の作文を外したのだ。僕の作文はコンクールの期限に間に合わないこととなり、2年連続の受賞はあっけなく夢と終わった。
しかし、国語の先生が授業で、「朝霧君の感想文が非常によくできているので、読んでみます。期限に遅れなかったら入選したかもしれませんね」と言ったのだ。
くそっ、こんなことなら、オカ○ト君のことをバカにするんじゃなかったな。ま、その後、どういうことか問い質してから、殴るか蹴るかその両方をしたからいいけど。
ともかく、思春期のくそ生意気なガキとは言え、やはりほめられるとうれしい。この2年で作文に対して苦痛感がなくなったと思う。

高校でも、同様のことが起こった。
国語教師だけで1学年に4人か5人いたと思うのだが、高1・高2と2年続けて同じ現代文の教師があたった。現代文で授業なんて聞いても仕方がないと、ひたすら文章を読ませる教師であった。進学校だから、受験技術を教えない授業に不満を持つ生徒もいたようだが、定期テストでさえ実力問題ばかりで、覚えることがなく、ぶっちゃけた (「率直な」ということです) 話をするその教師に僕は好意を持っていた。

その教師が2年連続で、授業中に褒めてくれたのである。

「朝霧君の感想文、面白いので印刷しました。読んでみてください」
・・・・・・
「ね、面白いでしょう。優等生風の作文じゃないから、賞への応募作品を選ぶ国語科の会議では選から漏れたんだけれど、私は、だからこそ面白いと思うんです。ぶってないところがいいのにね。他の先生には伝わらなかったけれど」

喜んでいいのかどうか分からない褒め方ではあるが、これで書くことが好きになった。

長くなってきたので、大学生以降のことはまたにします。

世の中には物好きな教師もおるもんやな →人気blogランキングへ投票

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2005/07/17

野望成る! 大願成就! 念願達成! とにかくめでたい。 クモの巣の端で万歳を叫ぶっ!

全世界、60億人の (とまではいかなくても、いつもこのブログを見て下さっている奇特な) 皆さん、本当にありがとうございます。
おかげさまをもちまして、
ついに、とうとう、ようやく、やっと、

人気blogランキングで10位突破!
(社会・経済ニュース部門)

せっかく、いい気分なのだから、「何でお前のいつものネタで、社会・経済ニュースやねん」などと突っ込まないで下さいね。
最初は、中国のこととか、ホリエモンとフジテレビのこととか、事故のこととか書いていたので、社会経済ニュース部門に登録して、そのままになっているのです。

しかも9位!
(7/17 8:00時点)

久しぶりに、気の晴れる思いなのだから、「朝8時やからちゃうの? 昼とか晩になったらすぐに抜かれるで」などと毒づかないで下さいね。
年を取ると、朝が早くなるのです。それに、不具合の多いココログも、朝は快適に更新できるのです。
確かに休日の朝7時代にブログしている人は少ないでしょうね。

本当は嬉しさで、いっぱい書きたいのですが、いつも饒舌に過ぎるので、今の思いを歌に託します。

タイマーズ
「3部作 ・人類の申告な問題 ・ブーム ブーム ・ビンジ」
の 3:30 ぐらいから 4:10 ぐらいまでの気分です。

忌野清志郎に抵抗がある方のために、
Chicago "Happy Man"
ただし、この曲は単にタイトルから選んだもので、歌詞は関係ありません。

どうせ、もう落ちとるで →人気blogランキング へ投票
浮かれとらんとしっかり記事を書かんかい →人気blogランキング へ投票

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2005/07/16

アトピーが治るまで(11)

~この記事は アトピーが治るまで(10) の続きです。~
シリーズの最初から読むには、サイドバー の「カテゴリー」内にある「!serial アトピーが治るまで」を選んでください。

このシリーズ、僕としては頑張って書いているつもりで、お蔭様で応援も頂いているのですが、
「肝心のアトピーのことが少なすぎるわ」
「どこまで引っ張ったら気が済むねん。はよ先に進めんかい」
といった苦情・苦言・脅迫も頂いており(脚色度200%)、殊勝にも「読者の皆様の声を真摯に受け止めなければ」と思う反面、生来の天邪鬼気質が頭をもたげ「何で怒られてまで書かなあかんねん」と幾分すねて、更に悪いことに茶目っ気を出さねば気がすまなくなり、このような余分な文章を書いています。

~すみません、ほんとに、いつもいつも。お待たせしました。以下本編。~

10日ほど飲み続けた。
漢方なので、ステロイドのようにきれい、さっぱり、という風にはいかない。
しかし、変化は確実に表れていた。

まず、肌にうるおいとまではいかないながらも、乾燥がましになった。
そのおかげで、恐らく夜中にかきむしる回数が減ったためであろう、皮膚のただれが減った。ゾウの肌だったのがワニの肌ぐらいには改善されたようだ。

発症の経験を持たない人にとっては、ゾウからワニ? そんなもん、全然変わらへんやんけっ!と思えるだろうが、たとえ若干でも良くなると、何よりも精神に良いのである。そして精神状態が身体にも影響を与えるというのが漢方の考え方の一つである。

2週間分の薬がなくなると、迷うことなく三宮の漢方医を再訪した。

「朝霧さん、どうですか?」

「お蔭様で、少しましになりました」

(医師は、脈をとり、舌の上下を診た後、肌の様子を確かめる)

「朝霧さんは、漢方が合っているかもしれませんね」

「そうですか」

「患者さんで、少し良くなっているのに『まだまだ悪いところが残っている』と思う方が多いのです。こういう方は、効き目の出るのが遅い中国医学にはあまり向きません。朝霧さんのように、たいして効果がでないうちから『少しは良くなっている』と思える方は、気が安定しますし、医師の方も余裕をもって処方ができるので、本当に患者さんに合う薬を探り出すことができるんですね」

「なるほど、そういうもんですか」

(そう言われて悪い気はしない)

「それでは、前回は初めてで少し抑え目にしましたから、今日は前回の薬を基本に、少し強い薬も混ぜてみましょう」

(えっ強い薬って、もしかして効き目だけでなく、臭いと味も?)

「煎じ方は同じですか?」

「そうです。ただ臭いはきつくなるので、奥さんには辛抱して頂かなくてはいけませんね」

(やっぱり! でも、辛抱しとんは嫁さん以上に俺じゃないのか)

「は、はい、分かりました」

身体だけでなく、気(ココロ)も重視する漢方医による、上げて落とす作戦 にまんまとひっかかった僕は、ゴミ袋ではなく、漢方薬の詰まった紙袋を携え、恐らく魂の抜けたような表情をしながら、家路についた。
続く

続きはよ書けよ →人気blogランキング へ投票
いつも応援ありがとうございます。さっき、何と11位でした。
夢の10位まであとわずかです。

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2005/07/15

しまった!

すみません。二日続きで謝っています。

昨日の記事(→コチラ)で、

1月から3月の季節休1日(!!!)

と書きましたが、季節休2日の間違いでした。
普段から、針小棒大、無から有を生む、大げさな書き方をしてしまっている僕ですが、いくら何でも、2倍に脚色するのは大げさに過ぎますね。しかも、感嘆符三連発。
反省。

例によって、今や僕の得意技となった言い訳を。

昨日は酔っていました。
すみません、昨日だけでなく、毎晩酔っています。が、昨日はちょっといつもと違う酔い方だたようです。
昨日の記事を自分で今読むと、何であんなことを書いたのか理解に苦しみます。

でも、村上春樹のように、マラソンをして身体を鍛えて、朝から鉛筆を握り、健全なる執筆を続け、締め切りに余裕を持って原稿を提出する・・・というのは、僕には理解しがたく、とても無理な話です(村上春樹の物語自体には楽しませてもらっているところが大ですが)。

哲学者のサルトルは、覚醒剤かLSDか何かを服用して、気分を高めてから一気に原稿を仕上げていたそうです(マロニエの木を見て嘔吐したのは、実存に対してではなく、覚醒剤によるものだったのかも→Amazon「嘔吐」)。

あぁ、今夜も、明日の自分にさえ理解できない何かをこうして書いている。

昨夜だけでなく、毎晩違う酔い方しとるやんけ →人気blogランキング へ投票

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2005/07/14

泣き言

すみません、泣き言を言わせて下さい。

今までも6月の月休1日(週休じゃありませんよ)とか、1月から3月の季節休1日(!!!)と、今年休んだ日付を全てすぐに言えるような状態でしたが、これから更なる繁忙期に入るため、今まで続けてきたこのブログの毎日更新が難しくなります。

できる限り更新しようと思ってはいますが、ひどいときは1週間で1、2回しか更新できなさそうです。頂いたコメントへのお返事が遅くなることもあるかもしれません。

実は今、ちょっと考えています。
普通の人は恐らく馬鹿らしくてあまり考えないであろうことを。

人は生きるために働くのか

働くために生きるのか

実は、5年前に一度転職の経験があります。最初の会社(「アトピーが治るまで」シリーズで副社長やら専務やら常務が登場する会社です)では、分に過ぎた評価を受け高給を頂いていましたが、諸般の事情により退社し(円満退社です)、自ら進んで年収が半分になる道を選びました。年収は半分、休日は5分の1ぐらいかな。

経済観念が発達していないというよりも、完全に欠如している僕は、もう一度半分になってもいいじゃないか、なんて考えています。もちろん、嫁さんは意見を異にしていると思いますが。今は平均以下の年収ですから、半分になれば、子供は歩いていける公立高校に、奨学金をもらいながら通ってもらうことになるのかな? よく分かりませんが。

お金のことはあまり関心が無いので(もちろん、少しはありますよ)、仕事の内容で考えています。最初の会社では、ルーチンを減らし、創造する部分を徐々に増やしていく仕事のスタイルをとっていましたが、今はルーチンが増える(増やされている)状態です。その辺が僕にはひっかかるのです。

もし、転職が決まれば、また報告します。
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2005/07/13

伝えられそで、・・・

実は昨日の記事は、今日書くネタの単なる導入のつもりだった。
それが、途中で過去の恨みが頭をもたげて、僕自身の意思を超えて、一つの記事になったのである。

もともと、書こうとしていたのは、

伝えられそうで伝えられないのがことば

ということ。恋をしている思春期の諸君は実感しているのかもしれないが、なかなか普段は気付かない。

気持ちだけでなく、とにかく何かをことばで表すと、その瞬間ことばから何かがこぼれ落ちている。会話なら、それを表情や仕種で補うこともある程度できるが、文章では難しい。

そう言えば、顔文字というのは、表情や仕種の働きをする潜在能力を秘めている。僕はあまり使わないが、かなりのバリエーションが存在するようだ。僕が、電子メールに初めて接した頃(日本でインターネットを使っている人など、新星を見つけるのと同じ確率でしか存在しなかった頃)には、:-> や :-( のような、使っているうちに首の筋を痛めそうなアメリカ式の顔文字しか知らなかった(分からない人は、顔を横に向けて見て下さい)。
言葉の代わりに使うのではなく、絵として使うのでもなく、言葉で表せない何かを表すような使い方をすれば、顔文字の可能性は広がるだろう。そして、僕のように抵抗感の強いおじさん達も使えるようになるかもしれない。

テレビを殆ど見ず、普段人一倍ことばに依存して生活している僕が、音楽を聴かずにいられないのは、また、なかむらさんのブログ(→似顔絵くらぶ・2)やサカナ屋さんのホームページ(→レモん・イ絵ロー)によくおじゃまするのは、無意識的に言葉を超える何かを求めているからであろう。
そう言えば、曲を気に入るときはメロディー、演奏が先。それで歌詞もよければ更に好きになるという順だ。

まとめ
言った言わないでもめるのは、言えばそれが相手に伝わると思っているから。
ことばが伝えるものは、伝えようとしている何かとよく似た、しかし別のものである。
その言葉で相手が受け取るものは、更に変化した何かである。

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2005/07/12

ロンドンテロ報道姿勢より

ロンドンのテロの報道体制が、日本の大惨事の際の報道とは少し違っているようだ。

今となっては被害の大きさを全世界が知っているが、最初は報じられる情報が少なかった。
第一報はそれほど被害が大きくない印象を与えるものであった。死者の数も少なかった。
その後、徐々に被害の大きさが報じられていった。

分からなかったことが、だんだん分かってきたというだけでなく、意図的に公表を制御したようだ。
狙いは、
1)市民のパニックを防ぐ
2)テロリストの戦意高揚を防ぐ
ことではないかという。

邦人犠牲者の有無を確かめるために、日本大使館員が病院を回った時も、日本大使館員の身分が証明された後でも、情報を得られなかったとのことで、明らかに情報の制御が行われている。

日本人として憤りを感じずにはおれないが、その狙いは理解できる。
大体、報道と事実は似て非なるものであるが、それを認識している人が少ない。

私は、エイズの問題に携わっていた頃(まだ「薬害エイズ」という言葉がメディアで使われていなかった頃だ)、いやと言うほど、現実と報道の差を感じさせられた(このことはいずれ本ブログでも書くことがあるかもしれぬ)。
メディアリテラシーの教育がない日本では、特に報道の非現実性を認識していない人が多い。

さすがに、テレビで言っていることを嘘だと見抜ける人は多くなってきてはいるが、ニュースに対する盲目的信仰はなかなかなくならない。

例えば、あるテレビ局が中国が好きかどうか街頭インタビューを行ったとしよう。100人に聞いて(実際はそんなに聞かないだろうが)、50人が好き、50人が嫌いと答えたとしよう。五分五分だ。しかし、実際のニュースで、好きと答えた人を1人先に紹介し、その後で、嫌いと答えた人を5人紹介すれば、視聴者は中国が嫌いな人が圧倒的に多いという印象を受けるであろう。
しつこいようだが、報道と事実は似て非なるものである。
(蛇足:私自身は中国に対しては、「好き」「嫌い」の二分法の対処法自体がまずいと考えている。外交慣れした相手には是々非々で毅然と臨まねばならぬ)

そういう意味で、対テロリストの戦略上、報道統制をしても何ら問題は無い。
お題目のように情報公開を求める精神の方が危ない。

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2005/07/11

アトピーが治るまで(10)

~この記事は アトピーが治るまで(9) の続きです。~
シリーズの最初から読むには、サイドバー の「カテゴリー」内にある「!serial アトピーが治るまで」を選んでください。

嫁さんは文句も言わず漢方薬を煎じ続けてくれた。僕が続けられるかどうか危ぶんだようだが、よく言えば人よりも意志の強い(普通に言えば、頑固ってことです)僕は、漢方薬という名前は立派ながら、正体不明で泥水にしか見えない液体を、毎日飲み続けた。苦難の日々。

お茶じゃないから、アツアツがいいというわけではない。熱くて少しずつ分けて飲まなければならないので、その分苦しみの回数が増す。
冷やすと、一気に飲めるので苦しみも一回で済むが、医師が冷たい飲み物は避けた方が良いと言っていたことを思い出した。ただでさえ冷たいビールを毎晩飲むことを止められず、良心の呵責を感じていた僕は、薬は冷やし過ぎないようにしようと思った。

ほな、どうすんねん?
煎じたものを冷ましておき、飲む前に電子レンジで少しだけ温めることにした。
苦しむ回数は3回ぐらい。

飲んでいたのは、夕食後。僕は夕方からは水分を取らないようにして、できる限りのどをかわかし、帰宅してシャワーを浴びた後に冷たいビールを流し込むことを無上の喜びとしていた。夕食というより、ビールとそのあて。
人生の素晴らしさを感じて、気持ちも幾分大きくなって、それまでなら、その後好きな本を読みながらまどろむ・・・というのが一日の締めくくり方なのであったが、そうはいかなくなった。
人生の楽しさを感じた直後に苦しみを味わわなくてはいけなくなったのだ。

ジャッ、ジャジャジャジャッ、ジャジャジャジャッ、ジャジャジャジャジャジャジャジャジャ
じ~んせい 楽ありゃ 苦もあるさ
ビイルのあとには かんぽやく~

という歌が聞こえてくる時もあれば、

人生において、幸福の総量と不幸の総量は等しいものである。

なんて、文句が思い出される時もあった。

続く
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2005/07/10

iTunes がやって来た ヤア ヤア ヤア!

ミュージカルバトンが流行していた時に、あちこちのブログを覗いた。

続きを読む "iTunes がやって来た ヤア ヤア ヤア!"

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2005/07/09

アトピーが治るまで(9)

~この記事は アトピーが治るまで(8) の続きです。~
シリーズの最初から読むには、サイドバー の「カテゴリー」内にある「!serial アトピーが治るまで」を選んでください。

医院を出て、近くの漢方薬局に行き、2週間分の薬を受け取った。かなりのかさで、紙袋にいっぱいの量だった。
帰宅し、聞いてきた作り方を嫁さんに話し、さっそく煎じてもらうことにした。

薬を袋から出すと、二人で顔を見合わせた。
「えっ、これ薬?」
森を掃除してかき集めたような物体が詰め込まれていたのだ。
「これいったい何やろ?」
「まあ、薬局でもろたから、ゴミではないんやろな」

でも、本領発揮はそれからだった。
煎じだすと、すさまじいにおい。それに土瓶のような色が恐怖を増幅する。

「言われた通り煎じたよ」
「うっ、これを飲むのか。医者は飲みにくかったら冷やしてもええて言うてたけど、そういう言い方をするということは温かい方が効果が高いんやろな」
「どうするん?」
「とりあえず、いっぺん飲んでみるわ」

文字通り、鼻をつまんで飲んだ。というよりは、無理に流し込んだ。

あれは本当だった。

良薬は口に苦し

でも、正確には、それに至るまでに、まず

良薬は目に気味悪し

があって、次に

良薬は鼻に臭し

がある。

これを2週間、毎日朝晩飲むのか。「気長にやろう」なんて気楽なことをよく考えていたものだ。

「続けられそう?」
「とりあえず、明日はアイスで頂くわ」

続く

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2005/07/08

ちょっとちゃうねんけど、それでもまぁ

サミットに合わせて開かれている「ライブ8」にマータイさんがゲスト出演したそうだ。

マータイさん、覚えていますか。MOTTAINAI の人です。ケニアの副環境大臣でノーベル平和賞受賞者。
マータイさんは、アフリカの貧困解消や地球温暖化対策には資源を有効利用する3Rが必要だと指摘。
(3Rとは Reducing:ごみの削減、Reusing:再利用、Recycling:再生利用 のこと)

「3Rは日本語で『もったいない』と言う。それぞれの『もったいない』を実践しよう」
と訴えると大歓声が沸き起こったとのこと。

日本語を使う身として晴れがましくは思うけれど、少し違和感がある。
僕の実感で言うと、
ちょっとちゃうねんなぁ。
晴れの場で「もったいない」と言うのは「もったいない」ねん。

僕のイメージではこんな感じ。

「もう、あんたは、何回言うたら分かるねんな。テーブルは布巾で拭かんかいな。ティッシュつこたらもったいないやんか」

「もう、おかんはうるさいな。細かいことをいちいち。ええやろ、ティッシュぐらい」

「何言うてんの。ティッシュは拭いたらほかさなあかんようなるけど(捨てなければいけなくなるが)、布巾やったら洗たら、なんぼでも使えるやんか。今度から、あんたに小遣いでティッシュ買うてもらうで」

「あぁ、もう、うるさいな。分かった分かった」

「『分かった』は一回でよろし。二回言うたらもったいないやろ」

「そんなもん、何がもったいないねん」

「一回言うより、二回言う方がおなかすくやんか。ただでさえ、馬みたいに食べるのに、これ以上食費かかったら、もうかなんわ」

こう言いながらも、子は子で母がいないと、無意識で無駄をなくそうとしていき、ケチいや、もったいない精神が受け継がれる・・・・・・。

まぁ、ともかく、マータイさんに負けず、日本の おかん(お母さん)方もうるさく、もったいない と言い続けましょう。
あんたもブログやり過ぎんようにしぃや、プロバイダは定額かしらんけど電気代は別にかかるんやで →人気blogランキング へ投票

附記)もしよければ、以下の過去の記事もお読み下さい。
    → 6/11 ちっちゃなちっちゃな幸せ
    → 6/14 MOTTAINAI
    → 7/6 MOTTAINAI(2)

附記2)ココログのメンテナンスのため、以下の3時間はコメント・トラックバックなど本ブログの利用ができなくなるそうです。
7/8  8:00 a.m. ~ 11:00 a.m.

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2005/07/07

格差の拡大、階級の固定化

東大合格者の保護者の平均年収が1000万円を超えて、確か20年ほどになる。
東大の苅谷教授の研究によると、親の学歴と子供の学歴、親の収入と子供の収入に一定の比例関係が認められるとのことだ。

これは階級の固定化を意味する。一億総中流は夢と消えた。
元中流は欧米的な意味での中産階級のレベルを保つ層(肉体労働をせず、余暇を十分に楽しめる層という意味)と、下層階級とに分化し、階級間の入れ替わりが少ない。
実際、現在の平均年収は450万円程度だが、1000万円以上を稼ぐ人数が増えている一方で、300万円代以下の層も急増している。

社会の固定化は閉塞感を生む。現在の日本の元気のなさは、不況によるというよりも、この閉塞感によるものであろう。固定化は多くの人が感じ取っている。だからこそ、無気力になるのだ。

固定化を崩すことが、とりもなおさずダイナミズムだ。
例えば、明治時代。貧しい農家の出身ながら、世界的な医学者になった野口英世。初代○○の肩書きを山ほど持つ伊藤博文だって足軽の家の生まれだった。
例えば、高度成長期。東大入学者には、親が中卒、高卒という者がかなりの数に上っていた。

翻って現代。現実で見られない夢を、バーチャルな世界に求める人々。
この閉塞感を如何にせん。

ポイントは「変化」だと思う。
一直線の努力で、何かを積み上げるのは固定化を助長する作業に過ぎない。
スキゾフレニックに、あれこれやってみる。

すると、キーになるのは批判精神。教育ではこの育成を考えるべきだ。
固定化打破に立ち上がろう →人気blogランキング へ投票

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2005/07/06

MOTTAINAI(2)

あぁ、どうして俺はこうなんだろう。

現在、満腹。腹八分どころか、腹十二分ぐらい。
立ち上がったり、身体をゆすると、腹がチャプチャプ音を立てる体たらく。
なぜか。

ひとえに貧乏性のせいだ。(→詳しくはコチラの記事を参照

ウィスキーがなくなったので、嫁さんが買ってきてくれた。
例によって(→詳しくはコチラの記事を参照)ブラックニッカ。
いつも酒と煙草を買う酒屋は、何かしらオマケをくれる。
タオルとか、海苔とか、ふりかけとか。
今日は、炭酸水をくれたそうだ。

だいたい、夕食のときは、ビール、じゃなくて、発泡酒、じゃなくて、第3のビールをまず飲んで、その後、焼酎かウィスキーの水割りを飲む。
今日は、炭酸水があるので、ウィスキーの炭酸割りにした(ハイボールという言葉があったなぁ)。
炭酸だから、水割りよりも腹が張る。
しかも、1杯飲んでもまだ、その炭酸水は半分以上残っている。

一応ふたがついているが、耳を傾けると、かすかに シュー と気が抜けていく音がする。

以下嫁さんとの会話。

「どうする? 明日においとく?」

「いや、どんどん、気が抜けてるから、今日飲むわ」

「じゃ、もう一杯?」

「アイスコーヒーをこれで作ったらどうやろ?」

「えー!! 想像できひんわ。紅茶はそういうのあると思うけど」

「そやな、コーヒーと炭酸なんて誰でも思いつきそうやのにないっちゅうことは、まずいんやろな」

「どうする? やってみる?」

「いや、もう一杯、ウィスキーの水割りにしてくれる?」

というわけで、腹がチャプチャプなのだ。
もらった炭酸水。ほったらえーやん(標準語:捨ててもいいじゃないか)。
だけど、よーほかさん(標準語:捨てることができない)。

ただでさえ、醜い腹が、さらに・・・・・・。

附記1)
酒屋では、他にもお菓子をオマケにくれたようです。
「お子さん、何人やったかな?」
「二人です」
「ほんなら、喧嘩せんようにふたつ入れとくわ」
と、かっぱえびせん の小袋を二つくれたそうです。
幸い、こどもはかっぱえびせんのとりあいで喧嘩しない程度に大きいのですが、嫁さんが
若く見えるので、酒屋の大将が、まだ子供は幼児だと思ってそう言ってくれたのだと思います。

附記2)
前に、ブログで嫁さんのことを「若くて美しい」と書いたら(他に原因があったのかもしれませんが、鈍感な僕には分かりません)、いつも第3のビールなのに、晩酌が正真正銘の 
ビール になったことがありました。しかも エビス。今回もそうなることを期待しての附記1です。

あぁ、あこがれのビール →人気blogランキング へ投票

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2005/07/05

前略つねお様(3)

つ ね お っちゃ~ん、困った頃にいつもネタを提供してくれてアリガトね。

昨日、チョーさんと一緒に野球見たんだって?

良かったね。二岡のファインプレー見られて。
 でも、二岡はその後、交代。

良かったね。由伸のファインプレー見られて。
 でも、広島に負けたけど。

良かったね。清原が涙まで流してくれて。
 でも、あれはチョーさんの復活に感動した涙だよ。
 つねおちゃんが、会長に復帰したからじゃないよ。

つねおちゃんがいたなんて、僕、知らなかったよ。
今朝朝刊で、「長嶋君が云々」なんてコメントで虚勢張っているのを見るまでは。

いつもはテレビあんまり見ないんだけど、今日はNHKの晩のニュース見ちゃった。
さすが、日本放送協会。
チョーさんと、かずしげは映ってたけど、つねおちゃんの姿はチラッとも映ってなかった。

良かったよ。夕食がまずくならなくて。
良かったよ。ビールがまずくならなくて。
良かったよ。焼酎がまずくならなくて。

前略つねお様もシリーズ化したら? →人気blogランキング へ投票

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2005/07/04

アトピーが治るまで(8)

~この記事は アトピーが治るまで(7) の続きです。~
シリーズの最初から読むには、サイドバー の「カテゴリー」内にある「!serial アトピーが治るまで」を選んでください。

その医者は三宮にあった。山手幹線沿いの角地のビルの2階。医者を開くより、バーでも開きたい場所。

待合室が、普通の医者と違う。品の良いカーペットに、心地よいソファー。塵一つない。壁紙も落ち着いた雰囲気。東洋医学の医院らしく、書の額もかかっている。書体は隷書。
トイレがまた素晴らしい。普通のトイレの3倍か4倍くらいの広さ。大きな鏡。ウォシュレット。冬は便座が温かくなるタイプ。ほのかな香りの石鹸。
待合室にはBGMがかかっている。クラシック。音量は控えめ。上品な本棚には、画集さえ置いている。雑誌よりも単行本の方が多い。

ほとんどの医者で、診察を待つ時間は実にいらいらさせられるが、ここは本当に心地よい。ずっといたいぐらい。なぜここまで?

理由はすぐに分かった。待ち時間が長いのだ。一人一人の患者に本当に長い時間をかけている。
僕が行ったのは、もう晩の8時前で、僕の前には二人しか待っていなかったのだがそれでも半時間ほど待たされた。
そしていよいよ僕の番。

「朝霧さん、はじめまして」

「は、はじめまして」
(あれ、医者でも、初診の時はこんな挨拶するんだっけ?)

「お仕事は忙しいですか?」

「はい、おかげさまで」

「体調はいかがですか?」

「体調はまずまずですが、アトピーがなかなか治らなくて」

「これはかなりひどいですね。痒みも相当でしょう?」

「そうなんです。治るでしょうか?」

「うちは東洋医学ですから、対症療法ではなく、身体全体の状態をよくすることを考えます。そうするうちに症状が治まる場合もあります」

「ということは、治らない場合もあるんですか?」

「そうですね。治るかどうか分からないうちに、患者さんが我慢できなくなる場合が多いんですね。西洋医学に比べて時間がかかりますから。でも、体質で効果がない患者さんがいらっしゃるのは事実です」

(何て正直な医者なんだろう)

「朝霧さんも、とりあえず2週間ぐらい試してみましょうか」

「は、はい」
(えっ、「とりあえず」が2週間!!)

「漢方薬は初めてですか?」

「ええ、そうなんです」

「後で、薬局の人が飲み方を説明すると思いますが、あんまりきっちりしなくてもいいですよ。飲んでもいいなというときに飲んでください。1日おきでもいいし、食前でも食後でも構いませんから」

「そんなもんなのですか」

「気長にやるのが一番大事ですから。きっちりやらないとって思うと疲れるでしょう」

確かに、この医師は普通の医師ではなかった。人に指示されるのを好まない僕だが、言われる通り気長にやってみようという気になった。
この時は、まだ「あれ」を目にしていなかったこともあるのだが。

続く

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2005/07/03

アトピーが治るまで(7)

~この記事は アトピーが治るまで(6) の続きです。~
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前回から2ヶ月以上も続編を書かなかったのですが、何と、早く続きを読みたいというリクエスト(苦情?)を頂きました。おかげさまで応援はたくさん頂いていますが、具体的なリクエストはミュージカルバトンを除けば、ブログを始めて以来初めてです。
ご期待に応えるのは難しいですが、僕なりに努めます。

今まで登場した、専務、副社長に続いて登場するのは常務。
副社長、専務の二人が全然違うタイプながら、押しが強くパラノイックな仕事の仕方は共通していた。
ところが、常務は全くタイプが違う。
タイプの違いを、ある状況で説明してみる。1階から5階に移動する場合。

    • 副社長
      エレベータの開閉、階の指定など全てそばの者にさせる。奥に乗る。そばの者が「何階においでですか」などと聞かなければ、とたんに不機嫌になる。のみならず説教を始める。
    • 専務
      エレベータの開閉、階の指定など全て自分で行う。前に乗る。そばの者が何か言う前に「お前何階や?」と尋ねる。
    • 常務
      階段を軽快に駆け上がる。

先輩の話では、若い頃はテニスが非常に上手なスポーツマンだったそうだ。話し方も非常にスマートで、頭の回転が非常に速く、学識も深い。それもそのはず、大学は法学部と文学部と2つも卒業しているらしい。英語もペラペラ。でも、それらをひけらかすところは全くなく、実にさわやか。
ただ、金に対する執着が弱く、徹底さが足りない。と、直接の部下だった人たちは言っていた。仕事の面では苦労していたようだ。

その常務とは帰り道が途中まで同じで、たまに、電車で一緒になることがあったり、車に載せて頂いたりした。
同僚たちは、仕事がイマイチの常務を陰で軽蔑していたようだが、僕は仕事以外の話題が実に豊富な常務との会話は楽しいものだった。
ある時、常務が遠慮がちに僕に言った。

「朝霧君、その肌やけどな・・・・・・」

「すみません、見苦しくて」

「いやいや。それもしかして、アトピーか?」

「そうなんです。人が治る年頃に発症しまして」

「そうか。僕が以前かかっていた医者なんやけど、えらい面白い人がおってな」

「皮膚科医ですか?」

「いや、内科医やねんけど、東洋医学の医者や。僕は肝臓を悪ぅした時にかかったんやけど、ええ医者やった。アトピーの患者も診てるって話してたと思うねん」

「えっ、漢方でアトピーが治るんですか?」

「まぁ、体質によりけりやろうけど、いっぺん行ってみぃひんか? 治らんでも今後の話の種にはなるで。医者に対する君の見方が変わるかもしれん」

「変わっているんですか?」

「まぁ、一種の変人には違いないな。どう? 行く気あるか?」

「はい、行ってみます。」

その医者の名刺をもらい、仕事が早く終わった日に行ってみた。
確かに、普通の医者とは違っていた。

続く

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(今回は明日続きを書くつもりです)

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2005/07/02

いじめと文化と喫煙と

誰かに何かを言うとき、何らかの歯止めがかかる。
もちろん、相手によってその歯止めが強いときと弱いときがある。
他の誰かが先に言っていると、その歯止めは弱くなる。他に言っている人が多ければ多いほど、弱くなる。

今ならさしずめ、喫煙。
喫煙に対して苦言を呈する際の歯止めは限りなくゼロに近いだろう。目の前で世話になった人が喫煙しているのでもない限り。

これは、いじめの構図と酷似している。
自分が最初にいじめるのは、かなり抵抗感が強い。しかし、他の者がすでにやっておれば、その抵抗感は弱まる。
いじめている者が多くなればなるほど、罪の意識も減る。

心の底では誰かをいじめたい、そういう奴が多いんだ。

喫煙者なら、安心していじめられるもんね。

もちろん、マナーの悪い喫煙者は糾弾してしかるべきである。
しかし、喫煙者全てを悪者扱いするのは、

年間1万人ほど、交通事故で死亡している。

だから、車を運転する奴はみんな悪者だ。

と主張するのと同じである。

こう言えば、「車は役に立つけれど、煙草は何の役にも立たない」という輩が出てくる。

だいたい、煙草は文化で、自動車は文明だ。

文明は生活に必要な技術から生まれるものである。

文化は生活に直接必要ないように見えるものである。

だから、煙草が役に立たないように見えるのは、文化である以上必然なのである。

煙草を文化と認めない人々に感じるのは、直接的に生活に役立たないものを不要と切り捨てる精神を持っていることである。
そういう人にかかれば、美術館も、コンサートホールも、芸術作品も、大学も全て不要になりかねない。

文化を迫害する精神といじめは同根だ →人気blogランキング へ
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2005/07/01

新格言

最近、自動車の指示器を表示させずに曲がる人が多い。
想像してみて下さい。

片側二車線ある道で、もうすぐ信号のある交差点。
交差点の向こうは商店があり、左側の走行車線は路上駐車が多い。
自分はその交差点を直進するつもり。

信号が黄色から赤に。
前には乗用車が一台。右側の追い越し車線を走っている。
右折の指示器は出していない。

こういう状況で、皆さんはどうされますか?
以前なら、左の車線を行けば、路上駐車している車がじゃまだから、文句なく右の車線を選びましたよね。
でも、最近は、指示器を出していないのに前の車が、信号が青に変わっても進まない。クラクションを鳴らすと、とってつけたように右折の指示器を出す・・・そういうことが多くなってきましたよね。

あるいは、駐車。出入り口の近くに停めたり、ひどいときには、出入り口そのものに停めている車があります。

どちらも、確かに、それによる時間の損失はわずかかもしれません。でも、自分の行為で人様の時間を奪うのは確実です。

以前、どこかで書きましたが、僕は貧乏性です。わずかなものでも、無駄にしたくありません。まして、人様の何かを無駄にさせるようなことは、しないよう心がけています。

ガキどものマナーの悪さが俎上にのぼることが多い昨今ですが、その親の世代もひどい。僕は、この小文を自戒のためにも書いています。
そこで、新しい格言。

衣食足りすぎて、礼節を知らず

いや、こっちの方がいいかな。

衣食過ぐれば、礼節を忘る

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