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2007/06/18

High Noon

いつもは暇があれば本を読んでいる。
暇、と言っても、それほどまとまった時間でない場合も。
例えば、PCの起動を待つ間とか、歯を磨きながらとか、とにかく目と片手が空いているときは始終本を読んでいる。

勉強家と自慢したいわけではなく、単なる本の虫で、映像にあまり興味がないということを伝えようというのが主旨。
今朝は、家族が見ている「目覚ましテレビ」でさかんに、宮﨑あおいが結婚と言っていたが、誰のことやらさっぱり分からない。
テレビだけでなく、映画もほとんど見ない。大学の頃は、映画ばっかり見ていたのに、変われば変わるもの。

その僕が、久しぶりに映画を見たくなった。昨日が久々の休みでいつもと違うことをしたくなったせいかもしれない。
DVDを借りに行った。探す条件は「短い」ということ。久しぶりの映画で2時間以上は耐えられないと思ったのだ。

そして、あれこれ探して見つけたのが High Noon。邦題は 真昼の決闘。1952年、ゲーリー・クーパー主演。

(これから書く内容のうち、「おっ、圭太もなかなか気の利いたことを書くなぁ」と思ったら、それはDVDに一緒に収められていた解説からのパクリだと思って下さい。これから見たい人のために、ストーリーにはあまり触れないつもりです)

何せ55年も前、朝鮮戦争中の映画だから、映像も音楽もアクションも素朴。当時としても安い制作費で仕上げたということだから、公開時の他の映画よりも地味だったのかもしれない。何と言っても、白黒である。(同じ1952年には、「雨に唄えば」や「史上最大のショウ」などが公開されている。もちろん”テクニカラー”で)

制作費が安いので、大物で出演料の高いゲーリー・クーパーを主演に据えるのは難しいように思われたが、脚本にほれこんだゲーリーは普通より安い出演料で契約したそうだ。

そう、この映画は低予算の不利をはねのける工夫にあふれていた。

1.ドラマ性を重視
「西部劇といえば単純明快なストーリーとアクション」という常識を覆した。主人公の英雄的活躍よりも苦悩の描写を重視している。

2.シンクロニシティ
映画の中での時間と、現実の時間をほぼ同調させた。ストーリーで描かれるのは、ある日曜の90分ほどの間の出来事。上映時間もほぼ90分とし、観客にストーリー中と同じ緊張感を与えようとしている。

3.音楽
西部劇の音楽は勇ましいものという固定観念に対峙するかのように、スローな場面にも合う曲を挿入。

4.カメラワーク
ただの直線線路が象徴的に何度も映し出される。最後の方でようやく汽車が写る。ただ汽車が来るだけで、緊張が高まるのはその前の数度の線路だけのシーンのおかげ。
なお、汽車がだす煙が、途中で白煙から黒煙に変わるのだが、これは演出ではなく、ブレーキの故障を知らせる信号の意味合いがあったとか。スタッフはそれに気づかず撮影を続け、カメラを1台だめにしてしまったという。

5.グレース・ケリー
低予算のため、主人公の相手役の女優にぜいたくは言えず、映画初出演のグレース・ケリーを起用。23歳でゲーリー・クーパーとは28歳の年齢差があり、心配されたようだが、起用は完全に成功した。
美しいだけでなく、知的で意志の強さをよく出している。普通の役なら美しさだけでいいかもしれないが、クエーカー教徒なので、知性と意志の強さが条件に加わるのである。
この映画の後、彼女は大手のMGMとの専属契約を果たした(MGMはライオンがほえるところ。「風と共に去りぬ」で大儲けしていた)。

見終わっての感想?
う~ん、グレース・ケリーに救われているなぁ。でも、ゲーリー・クーパーも、当時、離婚問題や、ヘルニアで腰を痛めていたことなどを考えると大奮闘。

一緒に見ていた嫁さんは、
「最後の町の人たちの反応が○○…」
(○○はストーリーに関係するので伏せ字)
と言っていたが、恐らく当時のアメリカの世相と関係がある(制作者たちは否定しているようだが)。当時はマッカーシズムの最中だったのだ。赤狩りとも言われ、共産主義者を徹底的に弾圧したマッカーシー上院議員の名前から来ている。弾圧は政界だけでなく、言論・思想・芸能の各界にも及んだ。もちろん、映画関係者も例外ではなく、多くが職を追われた。共産主義者の摘発には密告が奨励され、国民が疑心暗鬼に陥り、隣人を信用できない世相だったのである。

附記1)
High Noon の high は「たけなわ、盛りの」という意味で、high noon で正午きっかりを指します。比喩的に最盛期を表す場合もあります。この映画では、…、どちらの意味か言わないでおきましょう。

附記2)
クエーカー教は、友愛会(フレンド派)の俗称。質素な暮らしをし、徹底した平和主義の教徒たちはクエーカーと呼ばれるのを嫌がりますが、定着しています。このことから分かるように、母国のイギリスでも、また、アメリカでも迫害を受けてきた歴史を持ちます。

米国のペンシルヴァニア州は、もともと、ウィリアム・ペンがクエーカー教徒が安全に暮らせる場所をつくろうとして開拓した土地です。Pennsylvania は直訳すればペンの森、内容をとれば「ペンが切り拓いた森」ということです。桑田真澄が所属するパイレーツはこの州のピッツバーグが本拠地です。

附記3)
東北新社の「真昼の決闘」のDVDでは、制作者へのインタビューの字幕で、「カメラマン」とすべきところが「カメランマン」となっていました。

附記4)
小泉さんが、首相のころブッシュに「真昼の決闘で言えば、米国はゲーリー・クーパーで日本はグレース・ケリーだ」という旨を言ったことがありました。それを頭に入れておくと、別の意味で楽しめ、考えさせられるかもしれません。

附記5)
解説のパクリ以外のことも結構書けました。

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1952年 アメリカ 85分 原題 High Noon 監督 フレッド・ジンネマン 製作 スタンリー・クレイマー 脚本 カール・フォアマン 撮影 フロイド・クロスビー 音楽 ディミトリ・ティオムキン 出演 ウィル・ケーン:ゲーリー・クーパー    ジョナス・ヘンダーソン:トーマス・ミッチェル    エイミー・ファウラー・ケーン:グレイス・ケリー    ハーヴェイ・ペル:ロイド・ブリッジス    ヘレン・ラミレス:ケイティ・フラド    フランク・ミラー:イアン・マク...... [続きを読む]

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