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2007/08/12

At last he got it!

ついにやりました。

今日は友人のKのめでたい話です。
あ、先に断っておきますが、例によって、前置きが非常に長くなりそうです。

友達になったのは、高3の時でしたが、よくつるむようになったのは大学になってから。互いのアルバイト先が近かったのです。
僕が塾講師のアルバイトを晩の9時か10時ぐらいに終えると、最寄駅に向かいます。帰るためではありません。駅前の屋台ででたこ焼のアルバイトをしているKの所に遊びに行くのです。

そのたこ焼屋の屋台は営業中はアルバイトが一人いるだけなので、僕も中に入って手伝ったりしました。新幹線の乗降口とは反対側の小さなロータリーの前でしたが、結構売れていました。晩の7時ぐらいから終電の1時ぐらいまでで3、4万円の売り上げがあったと思います。バブルの絶頂期だったので、釣りはいらんという酔客も結構いました。それはアルバイトのチップになります。

ちなみに、屋台の所有者は、その道のちょっと恐い人でしたが、時々アルバイトに豪華な食事をごちそうしてくれたそうです。僕はアルバイトのそのまた手伝いだったので、ご相伴にあずかることはありませんでしたが。

テレビをほとんど見ず、特にドラマは全くといっていいほど見ない僕が、長渕剛の「トンボ」をほぼ全部見たのは、屋台で映りの悪い小型テレビが流していたからです。

夜中の1時半頃、Kが屋台の後片付けを終えると、そこから飯を食いに行きます。ロイホとか吉牛とか。その後、遊びに行きました。だいたいはプールバー。僕は結構飲んでいたような気がしますが、Kは車で来ており、父親が警官ということもありソフトドリンクでした。朝までプレーして、吉牛の朝の定食を食べるというのが一つのパターンでした。よく僕の実家で寝たので、いつからか、実家にはK専用の歯ブラシがおかれるようになっていました。

一時期、プールバーには本当によく通いました。やり過ぎて、右ひじを痛めたことがあったほどです。「炎のブレーク」の影響でしょう。野球肘やテニス肘ならぬ、ビリヤード肘。いや、ハスラー肘の方が格好いいかな。
右肘を痛めた時は、家でおとなしく・・・・・・するはずもなく、左手でやっていました。そう言えば、Kは右利きなのに、ビリヤードは左手でやっていたのはなぜだろう?

夜中に遊んだだけではなく、昼間も何も用事がないときは、どこかへ出かけることがありました。まぁ、その頃のKと僕にとって、大学の授業は用事のうちに入りませんでしたが。

ともかく、ある日、Kの車でどこかに遊びに行った時のことを覚えています。川沿いの土手の道を進んでいた時に、Kが言いました。

「俺、はよ結婚したいねん」
「なんで? 俺なんか、一生独身かもしれんわ」
「嫁さんはどうでもええねんけど、子どもが欲しいねん」

Kは子ども好きだったのです。保母さんだったお母さんの血を受け継いだのかもしれません。結婚さえ考えたこともなかった僕は、子どものことまで考えているKに大きな驚きを感じました。

Kのお母さんと言えば、僕に初めて子どもができた時、ベビーベッドや体重計やベッドの上でグルグル回るあれなど、きれいに残しておいでだったのを貸して頂きました。Kと我が子は同じベッドで大きくなったのです。

また、忘れられないのが1995年の阪神淡路大震災。被災した我が家は、1/17から2ヶ月以上、水道とガスが復旧しませんでした。冬とは言え、まだ幼かった子どもを風呂に入れてやりたかったのですが、そんな時、Kが「俺の実家に行ったらええやん。親には言うとくから」と言ってくれたのです。学生時代には何度もお邪魔したことがありましたが、家族4人でおしかけるのはやはり気がひけなくはなかったのですが、そこは非常時ということで、言葉に甘えさせてもらいました。

普通なら車で30分ぐらいでKの家に行けるのですが、震災直後の道路の混雑は異常で、1時間半とか2時間とかかけて行きました。行くと、Kのお母さんが幼いわが子達の相手をなさいます。元保母だけあって、メチャクチャ扱いがお上手で、子どもたちはキャッキャッとはしゃいでいました。お風呂だけでなく、ポリタンクに何十リットルものお水も毎回入れて頂きました。僕の母まで入浴させてもらったこともありました。

Kのご両親にはお世話になりっ放しで、何のご恩返しもできていないので、代わりにKに「親孝行しろ」と言うようにします。

大学を出ると、Kは京都の金融業の会社に入りました。一時、ニュースでしょっちゅう出ていた会社です。取立てが非常に厳しくて有名になったところです。「金で返されへんのやったら、肝臓売らんかぇ」が特に有名かな。屋台のおっちゃんといい、会社といい、Kはよくよく強面(こわもて)の人と縁があるようです。

Kは痩身で背が高く二枚目だし、気のいいやつなので、主力?の取立て業務ではなく、本店勤務でした。それでも、やはり強烈な社風らしく、友人で集まって話を聞くたびに皆で大笑いしました。

例えば1。完全なワンマン体制で、午前中に社長が気に食わないことがあると、その原因となった社員に対して、その日の午後には降格人事が発動される。本人には何の連絡もなく人事異動と書かれた書類が掲示されるだけ。

例えば2。朝は時間になるとダッシュで屋上かどこかに集まり、ラジオ体操。その後、社長だか専務だかが一人を指名する。指名されると、小学1年生より元気よく返事をして前に出、大声を張り上げて社訓唱和の先導役をする。血圧の上がりそうなお勤めですね。

ある日、体操後にKの名が呼ばれたが、同姓がいるか、ボーっとしてたかしてすぐに返事をしなかったらしい。3回ぐらい呼ばれてから、前に出たそう。新入社員の時だったので、降格はありえないためキツイお叱りを覚悟してビクビクしてその日を過ごしたものの、何もなく無事一日を終えた。翌日、出社すると、なぜかいつも自室にいるはずの部長が自分の机の横に座っている。Kは、わざわざ叱りに出向いてきたかと思いましたが、部長は、

「俺、平社員になったから、今日からお前と同僚や」

と言うのです。返事の遅れた社員が、新入社員で降格できなかったため、上司の部長を降格したのです。職制は知りませんが、部長からヒラって何段階の降格?
部長→次長→課長→係長→主任→ヒラ なら5段階!!!!!の降格ですね。部外者の僕たちにはオモロ過ぎる話ですが、面倒見がよく仕事をよく教えてくれた部長をヒラにさせてしまったKは、かなり落ち込んだようです。
なお、部長が降格になったということは、新しく部長に昇格した人もいるわけで、Kは同期の社員から、「部長メーカー」というあだ名をつけられたそうです。

Kには、大学時代からつきあっていた彼女がいました。まぁ、いろいろあったようですが、いっしょになりました。Kを含めた友人数人が、盆と暮れに僕の家で酒盛りをするのが、15年以上続くならわしとなっているのですが、その席で、式を挙げなかった二人に簡単にお祝いをしたりしました。

盆・暮れの集まりは、最初は友人だけで6、7人だったのですが、そのうち嫁さんや子どもも増え、潜水艦のような我が家に20人近くが集まり、酸欠になりそうな時もありました。ところが、Kのところは、一緒に来たのは1回だけで後は、Kが、自家製のサラダを持たされて一人でくるようになりました。
子どもの欲しいKに対して、相手は作りたくなかったようです(一緒になる前から、その違いは分かっていたらしいのですが)。他人の色恋沙汰には口をはさまない主義の僕ですから、どちらが良いとか悪いとか言うつもりはありませんし、その資格もないのですが、僕はKの友達ですから、Kに同情しました。
他にも色々要因はあるのでしょうが、Kは別れることに決めました。もめるようなことはなかったようです。熱帯夜が30日だか40日だか続いた年のことだったと思います。

その後のKにはいくつか変わったところがありました。
へん~しんっ \(0\0)ゝ その1)
普通より5年遅れて大学時代に反抗期を迎えたKは、その点に厳しいTに言わせれば、親への思いやりに欠ける態度を取っていたのですが、それが変わったのです。親孝行の息子に変身しました。

へん~しんっ \(0\0)ゝ その2)
仕事に真面目に取り組むようになったようです。東大阪の会社に勤めていたのですが、引き抜かれて高崎の会社に変わりました。

そんな殊勝なKを、神は見捨てたまわれませんでした。
結婚したのです。

そして、子どもを授かりました。
元気な男の子です。

良かった。本当に、良かった。

Kのお父さん、お母さん、本当に良かったですね。長い間かかりましたけど、その分、いっそうかわいい初孫となったことでしょう。

まだ会ったことがありませんが、Kの奥さん。お産直後が暑い盛りとなってしまいました。しばらくは、くれぐれも無理のないようにして下さい。体力が戻ったら、Kの奴をくれぐれもお願いします。今は、僕よりよほどしっかりしていますが、気の弱いことを言うようなことがあれば、「何言ってんの」と一括してやって下さい。いや、奥さんは神戸の出身のようなので、「何言うとん」かな。

そして、K。待望の子ども、本当におめでとう。ただし、子どもばっかりかわいがらんと、奥さんも大事にな。

附記)子どもができたら、名前を考えたるわ、とKに言っていたし、実際、相談がありましたので、決めました。
生まれた日付(8/4)を取って

八四

です。何て読むか分かりますか?

エイトフォー

です。

Kに却下されたら、

新八四

にするつもりです。読み方は分かりますね。
そうです。ニューエイトフォー。

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