バリアフリーへの道
ブログランキングで5位に入り(→証拠画像のある記事)、ブログに対する熱狂が去った後は、他の方のブログにおじゃましてコメントしたり、こまめにトラックバックを送ったりしなくなり、ここ2年ほど一人寂しく淡々と書いてきたのですが、最近、ちょっと変わってきました。
何かを調べていて検索経由で訪れた、玉井人さんのつぶやき古道(こみち)が面白くてほぼ毎日訪れているのです。
故郷を愛される姿勢(福島県の方です)、美しい写真の数々、幅広い話題と、その理由は色々あるのですが、一番の理由は玉井人さんの記事を読んでいるとインスパイアされるということです。
今日も「JRのこんなサービス知ってましたか?」という記事を読んで触発されました。
<JRの車椅子の人を介助するサービスについて書かれています。詳しくは上のリンク(記事名表示)をご覧下さい。>
僕には目の不自由な叔父がいます。確か30代の後半に事故が原因で光を失ったのだと思います。
その叔父と街を歩いたり、電車に乗ったりすると、普段全く気にかけないことに、色々と気付かされます。
点字ブロックの上に停めている自転車がいかに多くて困るか。
「音」が頼りだが、無駄な音が多すぎて必要な音が伝わりづらいこと。
街が大きいほど、バリアフリーの設備は多くなるが、バリアフリーの精神を持つ人が少ないこと。
電車の車椅子のサービスでも、本来は駅員が介助しなくても、車椅子の利用者が自力で利用できる環境を整備すべきだと思う。電車を利用するたびに、他人に迷惑をかけるという負い目を強いるべきではない。
特にひどいのは大阪市営地下鉄。大阪市は公務員の問題が多いことで全国的にも有名になってしまいましたが、市営地下鉄も例に漏れません。
とにかく、ひどい職員が多く、一般企業なら一週間も勤まらないであろう職員をたびたび見かけます。
車椅子を押しながら、他の職員と
「また、当たってもてん。今日これで、3回目やで」
「大当たりやな。そら、明日筋肉痛なるで」
などと話している職員がいたそうです。
これに比べるとJRはましかもしれません。しかし、尼崎の大惨事を起こした体質がいっそうされているかというと、それは怪しく感じます。(JRについては以前書きました。「JR惨事遠因」もしよろしければご覧下さい。)
困っている人を助ける精神が廃れているのも問題ですが、ハンディキャップを背負う人も可能な限り一人で行動できる環境を整備することも必要です。自分自身それができるだけの想像力をなくさないように、また、できるだけ多くの現実に接するようしなければならないと考えています。
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